先日、アメリカ合衆国アーカンソー州に本社を置く世界最大のスーパーマーケットチェーンのウォルマートの生成AI活用のニュースが発表されました。
ウォルマートは生成AIを活用し、製品検索の拡大や顧客に時間を提供する取り組みを行っていますが、ウォルマートから学べる小売やスーパーにおける生成AI活用の可能性を探っていきます。
✍️ 要点
- 小売業界におけるAIへの財務的な影響は2029年までに1.5兆ドル以上の増加を見込まれています。
- ウォルマートはMy Assistantという従業員向けの生成AIツールの活用を行っています。
- また、フットボールの観戦パーティーの準備をする際に、特定のテーマやアイデアに基づいて製品やアイテムを検索できるように、生成AIを活用しています。
- AIを使用して在庫切れの商品に最適な代替品を選ぶことで、顧客体験を向上させています。
- AIを活用してサプライチェーン管理を最適化し、顧客体験を向上させる取り組みも行っています。
- 一方で、生成AIの信頼性やデータプライバシー、バイアスなどの懸念も存在しており、これらの課題にも対処する必要があります。
AIの小売企業への影響
AIと機械学習と生成AIが小売業を変革する影響について、Retail AI Readiness Indexで詳しく調査されています。この指標はAIの準備状況のスコア比較を提供し、個々の企業の売上成長、粗利益改善、売上/一般管理費用の改善からの潜在的な財務影響を示しています。
北米の上位212の小売業者とレストラン全体で、2029年までに1.5兆ドル以上の追加財務影響が見込まれ、そのうちウォルマートとAmazonが合計5800億ドル以上、全体の38.5%を占めると言われているのです。
「AIはすでに従来のAI/MLの改善によって小売市場を裏で変革しています。ジェネラティブAIは、その潜在的な財務影響にロケット燃料を追加するだけです」と、フランクリンに拠点を置くIHLグループの社長であるグレッグ・ブゼックは述べています。
従業員が利用できる生成AIのMy Assistant
実際に、ウォルマートは2023年の8月に新しい社内向けの生成AIアプリケーションのMy Assistantを発表しています。
現在、My Assistant は、米国のウォルマート企業の従業員がウォルマートのエコシステムから独自のデータを安全に合成、要約、および拡張できる消費者グレードのエクスペリエンスを提供しています。
ウォルマートの素晴らしいポイントは、社内利用を禁止する企業がある中で、自社で生成AIを活用できるようにする組織体制にあります。
ウォルマートのピープル・プロダクト部門責任者、ベン・ピーターソン氏が主導したようで、ピーターソンは、世界的なコンサルティング会社で 10 年間勤務し、小売および消費財の顧客にサービスを提供する製品管理コンサルティング業務を構築した後、ウォルマートに入社し、世界中のウォルマートの従業員 210 万人の従業員エクスペリエンスの向上に真っ向から取り組みました。
ウォルマートは自社で、プロダクト、エンジニアリング、データ サイエンス、デザイン、ビジネスの優秀なリーダーを集めた完全専任の部門横断型製品チームが発足してこれに取り組んだそうで、テクノロジーを取り込む体制が確立されています。
そして、ラピッド プロトタイピングとアジャイル開発を通じて、チームは My Assistant 用の実用最小限の製品 (MVP) を開発し、わずか 60 日で従業員の手に届けました。
近い将来、米国企業の従業員は、My Assistant を使用して福利厚生に関する複雑な質問に答えられるほか、キャリア開発、学習、オンボーディング、データ分析などに関するその他のパーソナライズされたユースケースを活用できるようになります。
「My Assistant」は、米国の5万人の企業従業員に展開され、文書の要約、会議の準備の支援、プロジェクトのスピードアップなどのタスクを効率化するために使用されています。
さらに、 ウォルマートの人事担当最高責任者Donna Morrisと新規事業および新興技術担当エグゼクティブバイスプレジデントCheryl AinoaのLinkedinの投稿によると、このアプリは従業員のオリエンテーション中に利用され、例えば福利厚生パッケージの選択を支援するために使用されることを期待しています。
また、店舗店員向けの音声アシスタントである Ask Samという生成AIアプリケーションも社内で活用しています。「ハンドソープはどの通路にありますか」 「今日のアパレル部門には誰がいますか」または「明日の予定は何ですか」などの仕事に関する質問を聞くことができるのです。
そして、ウォルマートは社内で試したこの技術を顧客にも提供する実証フローをうまく活用しています。ドッグフーディング→顧客への価値提供のパターンは見習うべきDXフローと言えるでしょう。
生成AIをスーパーの製品検索へ活用
また、ウォルマートは生成AIを活用し、製品検索を拡大し、顧客に時間を提供しています。具体的な例として、フットボールの観戦パーティーの準備をする際に、チップス、ウィングス、飲み物、ワイドスクリーンテレビなどの推奨商品が表示されます。
つまり、生成AIを活用して顧客のニーズを予測し、個別の体験をカスタマイズしています。また、AIを使用することで、顧客が家族との質の高い時間を過ごせるようになり、買い物に費やす時間を削減しています。
ちなみに、平均的なアメリカの家族は、優先事項を抱えながら、週に約6時間を家庭の計画や買い物に費やしているというデータもあるそうで、課題意識も明確です。
ウォルマートは、オープンソースの調整済みモデルを持ち、OpenAIと共同で、ウォルマート固有の回答を受け取ることができるようにしています。このプロセスにより、顧客のニーズをさらに深く理解し、個別の回答や製品の提案を生成することができます。
特定の質問に答えたり、個人に合わせた製品の提案をしたり、特定の製品に関する詳細な情報を共有したりすることができます。同様に、ユーザーは、検索バーに直接特定の質問を入力することができます。
生成AIの使用により、ウォルマートの検索ツールはコンテキストを理解し、1つのクエリに関連するアイテムのコレクションを生成することができます。これにより、顧客が時間を節約できるように設計されています。
ちなみに、Amazonは同様の機能を実験しているわけではなく、製品レビューを要約することによって顧客を適切な製品に結び付けるのを支援したり、重要な属性を強調したり、フィットする服を見つけたりするのを支援するなど、別の方法で AI を活用しており、方向性が違いのも興味深いでしょう。
Amazonとしては、Amazon Adsという生成AIソリューションを導入し、広告主が広告キャンペーンを向上させ、魅力的なコンテンツを作成することを発表しています。
AIと組み合わせたARショッピング
そして、ウォルマートは、顧客が作成した仮想衣装を友人と共有し、見つけたものについてフィードバックを得ることができる AR ショッピング ツールも開発しています。
このツールは、ウォルマートが昨年発表したAIを活用した仮想試着技術とソーシャル機能を組み合わせたものだそうです。
AIだけではなく、ARも活用するという徹底的なデジタルエクスペリエンスの提供に尽力しています。
AIコンピュータービジョンによるチェックアウト・スキップ
さらに、ウォルマートのサムズクラブ(ウォルマート傘下の会員制倉庫型小売業者)は、店舗を出る際にレシート確認のために列に並ぶ問題の解決に役立つ、AIとコンピュータービジョンを活用したテクノロジーを導入します。
これをScan & Goと呼んでいます。
現在 10 か所で実施されているこの試験運用では、店員にレシートを確認させることなく、会員が商品の代金を支払ったことを確認できます。
代わりに、コンピュータービジョン技術が顧客のカートの画像をキャプチャし、AIがカートの商品と売上を照合するプロセスを高速化します。ウォルマートは年末までに約600のクラブにこの技術を導入します。
これらは、キュレーションされたSKUとクローズドループの会員データを持つ会員制倉庫として、顧客が誰であり、どのように買い物をするかを知っているからこそできる体験なので、普通のスーパーが一朝一夕では真似できないMoat(競争優位の堀)を持っています。
2016年から取り組んでいる徹底っぷりで、ショッピング中にアイテムをスキャンし、アプリ内で支払いを行い、その後デジタルレシートを提示して、チェックアウトラインを完全にスキップします。
現在、960万以上のダウンロードが行われており、多くの会員がチェックアウトラインをスキップしています。
さらに、驚くべきことは、Scan&Goの使用範囲をサムズクラブの給油所やカフェに拡大し、使用方法を拡充しています。
チェックアウトスキップ、つまりAIによってもたらす価値の水平統合です。顧客の豊かな時間を増やすことを真剣に考えている素晴らしい仕組みでしょう。
生成AIとインテリアデザイン
加えて、顧客が部屋をデコレーションするためのインテリアデザインアシスタントを開発しています。生成AIに加え、この機能はAR技術も活用しており、ユーザーは部屋の写真をアップロードし、その空間にあるすべてのアイテムの画像を撮影する必要があります。
顧客は、どのように部屋を再装飾すべきかについてチャットアシスタントにアドバイスを求め、AIは彼らが提案するアイテムを部屋に配置します。ユーザーは、どのアイテムを保持または購入するかを意見を述べることができます。
AIは予算を尋ねるため、手頃な価格のアイテムを見つけることができます。 視覚的な要素へも積極的に生成AIを取り込もうとしています。
オンラインショッピングの一般的な障壁の1つは、製品と物理的に触れ合うことができないことと言われることがあります。
生成AIは、顧客が購入前に仮想的に試すことができる製品の3D表現を作成することで、この障壁を取り除くことができます。この機能は顧客の信頼を大幅に向上させ、製品の返品を減らすことができます。
ウォルマートがテストしている革新的な機能の1つは、生成AIを使用して製品の3D表現を作成することです。顧客は製品が自宅や自分自身にどのように映るかを視覚化することができ、ショッピング体験と自信を向上させることができます。
ハンズフリーショッピングの「Text to Shop」
さらに、ウォルマートは、「Text to Shop」というアプリケーションを立ち上げています。
これは、モバイルアプリで音声をいれることで、ハンズフリーでショッピングができる体験を提供します。
顧客が音声コマンドを使用して買い物できるようにすること、アシスタントとの往復会話、集荷と配達の時間帯の予約などが含まれます。
欲しいもの、届けてほしい時間帯、カートに入っているアイテムなど、自然言語で買い物に関する全ての依頼を投げることができる体験ができるのです。
ウォルマートは、顧客はAIと「一緒にやってもらう」からより積極的な「代わりにやってもらう」体験に移行しており、AIは顧客が必要なときにどこでもそのような体験を提供するための重要な手段と位置づけているのです。
ボットを活用したサプライチェーン管理の効率化
Indagoの「製造、小売、流通企業のサプライ チェーンと物流の幹部で構成されている企業のアンケート」によると、「あなたの会社は、サプライ チェーンまたは物流業務で人工知能を使用していますか?」という回答では、 3 分の 2 以上 (68%) は AI を使用しておらず、今後 12 か月間使用する予定もないと答えています。
他方で、ウォルマートはAIを活用してサプライチェーン管理も最適化し、顧客体験を向上させています。
サプライヤーとの交渉にもAIを活用し、さまざまなビジネスの側面を強化しています。ウォルマートのサプライチェーン管理におけるAIの導入は、調達、保管、配布などさまざまな側面をカバーし、技術活用の包括的なアプローチを示しています。
他の企業が足踏みしている中で、実際に、ウォルマートのAIイニシアチブは、大きな成果を上げています。例えば、チャットボットは取引先の68%と交渉し、1.5%の節約と支払い条件の延長を実現しました。また、サプライチェーンの自動化により、単位コスト平均が約20%改善される見込みだそうです。
当然、サプライチェーン管理におけるAIの導入には課題もあります。例えば、ボット同士の交渉における信頼性や関係の損耗への懸念があります。しかし、リスクを取って先に技術検証を済ませていくことで、安定した運用が誰よりも先に可能になるでしょう。
ウォルマートは、自動化に重点を置いており、2026年までに65%の店舗を自動化技術で稼働させる計画を立てており、どんどん先見的な戦略を打ち出しています。
機械学習を生かした地域ごとの在庫管理の戦略
在庫管理では、生成AIではありませんが、機械学習によるインベントリ管理システムにより、顧客にとって最もシームレスで満足のいくシーズンごとのショッピング体験を提供する事例もあります。
ウォルマートの在庫管理システムは、過去のデータを活用し、予測分析と組み合わせることで、配送センターやフルフィルメントセンター、店舗全体のショッピング体験を最適化するために、アイテムを戦略的に配置することを可能にしています。
最先端の学習システムを使用して、地域のニーズ、文化、購買習慣の違いに対応するための入力を追加しています。例えば、晴れた州ではプールのおもちゃを、寒い州では暖かいセーターを常備するようにします。
エンジンは常に学習しているため、需要を最適化し、増加させるか、高売り地域に在庫を再配置したり、需要を転送したりすることができます。例えば、東海岸でおもちゃの売れ行きが悪いが、中西部では人気がある場合、在庫を再配置したり需要を転送したりすることができます。
モデルトレーニングでは、過去の販売データやオンライン検索、ページビューなどの歴史的データを使用して機械学習モデルを微調整します。一過性の大雪などに左右されずに、消費者行動を予測しているそうです。
棚戦略を地域ごとに最適化して、顧客単価と在庫管理の効率化コストカットを実現できているようです。
小売業界やスーパーマーケットにおける生成AI活用の課題と展望
ウォルマートの事例から、生成AIをビジネスで活用する際の課題と展望を最後に考察します。まずは課題です。
- データの品質と利用可能性
- AIは、正確な予測や生成を行うためには、大量の高品質なデータと調整が必要です。
- コスト
- 開発、トレーニング、メンテナンスなど、AIの実装は特に中小企業にとって高額になることがあります。
- 専門知識の不足
- 専門家が不足しており、AIソリューションを実装するために必要な人材を見つけるのが難しいことが多いです。
- 倫理的および法的考慮事項
- プライバシー、セキュリティ、偏見などの倫理的および法的懸念を引き起こします。
ウォルマートは以前からデジタルの活用に集中しており、以上の課題をクリアできていますが、基盤がない企業はそもそも生成AIを活用する前にデータを整備するところから困難が伴うことが想定できます。
Scan & Goの事例でも、以前から顧客のデータ基盤を培ってきたことがこの素晴らしい体験を実現できている根本だと理解できます。
これらの課題を克服するためには、解決する顧客課題に向けてデータを集めること、ウォルマートのようなプロダクトチームを内製で持つか外部の信頼できるパートナーを持つこと、予算の見積もりが可能であること、小売におけるAI活用の価値を問い直すこと、法的な整理をしっかりすること、などが求められます。
ウォルマートにおけるAIの幅広い活用は、小売業の巨大企業が技術を活用して効率、顧客関与、コスト削減を実現するモデルを示しています。また、複雑なビジネスプロセスにAIを統合する際の潜在的な報酬と固有の課題を示しています。
イノベーションへの意欲と計算されたリスクを取る姿勢、倫理的な実装へのコミットメントは、他の企業が追求する先例を示しています。技術が進化するにつれて、ウォルマートの戦略も進化し、小売業界を変革するためにAIを活用するリーダーとしての地位を確立していくため、今後も目が離せません。
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