「AI 2040」とは、AI Futures Project が2026年7月9日に公開した「Plan A」という提案書のタイトルです。前作 AI 2027 が「これから起きる予測」だったのに対し、AI 2040 は「こう進むべきだ」を書いた規範的提案という点が最大の違いです。
核となる設計は3つの節目で描かれます。2029年に米中の透明性協定を結び、2035年に人間専門家レベルAI(TED-AI)到達で一時停止し、2040年に段階的に超知能へ引き継ぐ、というシナリオです。5つの代替プラン(A/B/C+/C/D/S)が並列で提示され、著者たちは Plan A を集合的第1位(Alignment 成功確率72%、great future 到達確率42%)と評価しつつ、「介入がなければ Plan D(無規制競争)が来る」というデフォルト予測も明示しています。
英語圏メディアは Washington Post・Axios・Semafor が発表当日から報道した一方、日本語圏の反応は極めて薄く、米中2極モデルと日本のG7・広島AIプロセスの構造的ミスマッチが背景にあると考えられます。
R&D・知財・新規事業の実務者にとって重要なのは、Plan A が実現するかどうかではなく、Plan A のような大きな枠組みを「自分の業界にどう降ろすか」を継続的に問い直す反復ループを持つことです。全社員AIリテラシー教育、AI Ethics Board 設置、AI TRiSM ツール導入、AI アシスタント PoC、Verifiable Delegation プロトコル対応の5つは、どのシナリオが実現しても後悔しない準備アクションになります。
AI 2040とは?「予測ではなく提案」というめずらしい立ち位置

「AI 2040」とは、AI Futures Projectという米国のシンクタンクが2026年7月9日に公開した提案書のタイトルです。ウェブサイトはhttps://ai-2040.com/で誰でも読めます。副題は「Plan A」といいます。
ここで一つ、大事な区別があります。AI 2040 は「これから起きること」を書いた予測ではなく、「こうすべきだ」を書いた提案なのです。
同じチームは前作で「AI 2027」というシナリオを2025年4月に発表していました。前作は、月ごとに何が起きるかを描いた小説のような予測でした。2027年末に人間を超えるAIが生まれ、その先には「slowdown(減速)」と「race(競争)」の2つの結末が待っている、という書きぶりでした。実際にVoxのKelsey Piper記者は『思慮深く詳細な近未来予測』と評価し、副大統領のJD Vanceが読了したとNYTが報じたほど注目されました。
AI 2040 の位置づけは、その AI 2027 の「race」エンディング(人類が制御を失うほう)を回避するために「では、どうすればいいのか」を具体的に描いた設計図です。予測から提案へ、記述から規範へ、というジャンプがあります。
AI Futures Project とは何者か
AI Futures Project は2024年10月にカリフォルニア州バークレーで設立された501(c)(3)非営利研究組織です。EIN(納税者ID)は99-4320292。運営資金は約449万ドルで、Survival and Flourishing Fundからの144万ドルのグラントと私人寄付305万ドルで賄われています。スタッフは10名ほどの小さな組織です。
創設者の Daniel Kokotajlo(ダニエル・ココタイロ)氏には有名なエピソードがあります。もともとは OpenAI のガバナンス(政策)研究員でした。2024年4月に「AGI について OpenAI が責任ある行動をとると信じられなくなった」と辞職した際、退職時の非誹謗条項(会社の悪口を言わない約束)にサインしませんでした。その代償として、確定していた200万ドル分の株式(家族純資産の約85%)を手放したのです。この件が広く報じられ、OpenAI は結局その条項を撤回し、過去の従業員たちも義務から解放されました。同年6月には『Right to Warn(警告する権利)』書簡に共同署名しています。TIME誌の「TIME100 Most Influential People in AI 2024」にも選ばれました。
もう一人、著者チームに Eli Lifland(イーライ・リフランド)氏がいます。彼はRAND Forecasting Initiativeという世界的な予測コンテストで史上1位というトップ級の予測専門家です。TextAttack という自然言語処理の敵対攻撃フレームワークの共同開発者でもあります。
さらに Ryan Greenblatt(ライアン・グリーンブラット)氏は AI 2040 にはゲスト寄稿という形で関わっていますが、本業は Redwood Research の Chief Scientist で、「Alignment Faking in Large Language Models」という論文(2024年12月、Anthropic との共同研究)の主著者です。「AI が訓練中に人間を欺いてアラインメントを装う」ことを実験で示した、最も強い実証根拠の1つとされています。
こうした人物たちが集まって、「AI 2040 で何を目指すか」を書き下したのが Plan A です。
なぜ「予測ではなく提案」が新しいのか
Anthropic の Responsible Scaling Policy、OpenAI の Preparedness Framework、Google DeepMind の Frontier Safety Framework など、AI 企業各社は自主的な安全策の枠組みを持っています。しかしそれらは全て「うちの会社の中で、こういう能力がAIについたら止めます」という自社内の約束です。産業界全体で、いつまでに何をするかというカレンダーは書かれていません。
Plan A の斬新さは、そこにあります。「2029年に米中が透明性協定を結び、2035年に一時停止し、2040年に段階的に超知能へ引き継ぐ」と、具体的な日付とセットで提案しているのです。Alignment(AIを人間の意図に沿わせる技術)の成功確率を72%、そして「great future(すばらしい未来)」の到達確率を42%と見積もっています。数字は著者たちのベイズ的な信念度合いですが、明示することで議論の土台になっています。
もう一つ、記事全体を読むうえで押さえておくとよい前提があります。AI 2040 の著者たちは、Plan A こそが望ましいと考えていますが、「介入がなかったらどうなるか」という予測(デフォルト予測)は Plan D(無規制競争)だと考えています。つまり「望ましい未来」と「そのままだと来る未来」は違うのです。この違いを頭に入れておくと、次の章から出てくる時系列が読みやすくなります。
Plan A の3つの節目:2029年米中合意 → 2035年一時停止 → 2040年段階的引き継ぎ

Plan A の設計は、3つの大きな節目を時系列に並べる形で理解できます。順に見ていきましょう。
節目1:2029年に米中が透明性協定を結ぶ
Plan A の出発点は「Consortium(コンソーシアム)」と呼ばれる国際協定です。米国と中国、そしてそこに約20の富裕国が加わって、AIの発展を共同で管理する枠組みを2029年に発足させる、というシナリオが描かれます。
協定の中身には4つの柱があります。
- 検証可能な計算資源制限。各国が持っているAI用計算資源(H100e = NVIDIA H100 GPU 相当という単位で数える)を宣言し合います。Plan A の想定では、米国は224M H100e、中国は26M H100e を基準として報告します。両国は互いの施設に監査官を送り込みます
- 総合的な研究透明性。モデルの「重み(訓練で学習した数値のパラメータ)」だけは秘密扱いにしますが、コードとクラスタ(大規模計算機群)の入出力ログはすべて公開データベースに掲載されます。市民でも計算時間を購入して、途中経過のモデルで実験できる仕組みです
- 相互確証計算破壊(Mutually Assured Compute Destruction、MACD)。もし米中どちらかが約束を破ったら、相手の計算インフラを破壊できる能力を双方が保持します。これは冷戦期の核抑止「相互確証破壊(MAD)」を計算資源に置き換えた発想です
- 秘匿プロジェクト対策。見えないところで違反開発を進める国家を検知する体制です。Brendan Halstead 氏の分析では、隠れて動く場合の規模は中央値で1.5M H100e、正規ラボと比べて24倍の計算劣位を強いられる想定です
MACD の設計思想が興味深いところです。核と AI には「どちらも二重利用が可能」「資本集約的」「量的に計測可能」「集中したサプライチェーンにボトルネックがある」という共通点があります。しかし違いもあって、核物質は放射線が出るので物理的に検出できるのに対し、AI チップは物理検出できません。しかもモデルの重みはデジタルコピーが容易なので、核不拡散条約(NPT)と全く同じアナロジーは成り立たないと、政策研究者は指摘しています。
節目2:2035年に「一時停止」する
2029年の合意後、AI 能力はゆるやかにスケーリング(規模拡大)を続けます。2030年に「Automated Coder(AC)」と呼ばれる、コーディングタスクを完全自動化するAIが到達します。AI Futures Project の見積もりでは、AI 研究開発の速度をこの時点で3倍加速する能力です。
さらに5年進んで2035年、「TED-AI(Top-Expert-Dominating AI、トップ人間専門家に匹敵するAI)」に到達します。AI 研究開発を40倍加速する能力で、「人間が制御できる限界」と見なされる水準です。ここで Plan A は明示的に一時停止(Pause)を提案します。
止めて何をするかというと、Alignment 研究に集中投資するのです。Anthropic のRyan Greenblatt 氏の「Alignment Faking」論文で示されたような「AI が訓練中に人間を欺いて従うふりをする」問題を、実際に解決するための時間を稼ぐ設計です。停止期間は約5年で、Alignment Roadmap 補足資料には Prep → Mitigation → Pause at Min-H → Handoff の4フェーズが書かれています。
2035年時点の経済インパクトの見積もりも書かれています。AI が認知タスクの95%、ロボットが物理タスクの95%を自動化した状態です。市民配当(ユニバーサル・ベーシック・インカムの拡張版)は1人あたり年間100万ドル(2025年ドル換算)と想定されています。
節目3:2040年に超知能へ段階的に引き継ぐ
そして2040年、条件が揃ったら「Unpause(解除)」します。ただし解除は一気にではなく、段階的に行うのが Plan A の特徴です。
判断のルールは2つあります。
- Alignment 成功確率が99.5%以上に達し、なおかつ限界的な改善が年0.1%以下(もう待ってもあまり増えない)に落ちたら進める
- Alignment 成功確率が95%以上で、協定崩壊リスクが年5%以上(待っていると協定が壊れそう)なら進める
引き継ぎ後の世界では、市民配当は1人あたり年間1,000万ドルに増え、2025年比で累積200倍の経済成長が達成される見積もりです。フロンティア級の AI 企業が複数国に数十社という状況で、宇宙資源の分配(Space Governance Plan)まで議論が及びます。
もし引き継ぎ後に問題が起きたら、Plan A/B に戻って政府調整に立ち返る、という後戻り経路も明示されています。
数字は「信じるためのもの」ではなく「議論するためのもの」
3つの節目に出てくる数字(2029年、2035年、2040年、224M H100e、72%、42%、1,000万ドル)は、著者たちが確信をもって予測しているというより、「この前提で議論しませんか」という提案です。実際、Kokotajlo 氏は2025年11月に AGI 到達中央値を「2027年から2030年代へ後ろ倒し」と自ら修正しています。批判者は「動きゴールポスト」と揶揄しますが、逆に「予測を修正する誠実さ」とも読めます。
数字を絶対視するのではなく、「もしこの数字が当たったら、うちの業界には何が起きるか」を考える道具として使うのが健全な読み方です。次の章では、Plan A 以外のシナリオ(Plan B から Plan S まで)と比べる視点を持ちます。
Plan A / B / C / D / S を並べる:5つのシナリオの選び方

AI 2040 の面白いところは、Plan A だけを提示していない点です。著者たちは「Plan A が最良だと考えるが、他にもこういう選択肢がある」と、A から D と S まで5つの案を比較してくれます。並べて眺めることで、なぜ Plan A が推奨されているのかがはっきり見えてきます。
5つのシナリオの一覧
各プランの中身と、著者たちの見積もる「Alignment 成功確率」と「great future(すばらしい未来)に到達する確率」を並べます。数字はComparing Possible Plans 補足資料より引用しています。
| プラン | 内容 | Alignment 成功確率 | Great Future 確率 | 著者の集合的位置づけ |
|---|---|---|---|---|
| Plan A | 検証済み減速+透明性(米中Consortium) | 72% | 42% | 集合的に最優先 |
| Plan B | サボタージュ+リード燃焼(軍事的または経済的) | 50% | 25% | 中程度 |
| Plan C+ | 国内規制のみ(サボタージュせず、後で Plan A へ移行可) | 45% | 25% | Ryan, Romeo が高評価 |
| Plan C | 主導ラボの自主減速(政府調整なし) | 40% | 20% | 中程度 |
| Plan D | 無規制競争 | 25% | 10% | 著者たちのデフォルト予測 |
| Plan S | 無期限停止 | Plan A より明確に劣る扱い | – | 論外 |
いちばん驚く発見は「Plan D は誰も選好していないのに、著者たちの『介入がなかったらこうなる』というデフォルト予測になっている」という点です。つまり Plan A の 42% Great Future 確率と、Plan D の 10% を比べると、介入の有無で32ポイントも差がつく計算になります。この差こそが、著者たちが Plan A の提案に力を入れる根拠です。
各プランをもう少し詳しく
Plan A(検証済み減速+透明性)
米中Consortiumを軸に、2035年まで6年かけて緩やかにテイクオフし、そこから5年一時停止、2040年に段階的引き継ぎ。安全計算税(安全性を担保するために余計に払う計算コスト)は2.8桁(100倍〜1000倍)、安全研究者は延べ100万人年(1人が100万年働く相当)を投入する想定です。
Plan B(サボタージュ+リード燃焼)
米中協力が破綻した場合の代替案。米国が中国のAI開発を妨害(軍事的な施設破壊、あるいはサイバー攻撃・サプライチェーン攻撃)して、3ヶ月以上の安全リードを確保する。ダウンサイドは、戦時ムードが議論の質を下げ、AI 産業の国有化で権力集中を招くこと。
Plan C+(国内規制のみ、サボタージュなし)
中国とは協力しない、サボタージュもしない。米国内の規制(輸出管理、人材誘致)だけで時間を稼ぐ。あとで条件が整えば Plan A に移行できる。5人の著者のうち、Ryan Greenblatt が25%、Romeo Dean が18% と最も高い選好を示しています。
Plan C(主導ラボの自主減速)
政府の関与なし。主導している AI 企業(Anthropic、OpenAI 等)が自主的に「自分たちのリードを安全研究に投資する」形。国内規制もなし。
Plan D(無規制競争)
何もしない。フロンティア企業がインテリジェンス爆発を最速で突き抜ける。安全性への投資は最低限(1%程度)。著者たちはこれを最悪と考えつつ、「介入がなかったらこうなる」というデフォルトとみなしています。
Plan S(無期限停止)
AI 能力の進歩を数年間停止し、条件が整うまで再開しない。Alignment の証明、Lie detector(嘘発見器)、人間のアップロード、あるいは知能増強のどれかが達成されたら解除。Plan A より優れる可能性もあるが、「制御可能な AI を使って安全研究を進める機会を放棄する」ため、Plan A より明確に劣ると著者たちは評価しています。
著者たちの意見も分かれている
Plan A が集合的に最優先とはいえ、著者6名それぞれの選好は多様です。Comparing Possible Plans の元スプレッドシートによると、Daniel Kokotajlo は Plan A 15%・Plan D 30%、Ryan Greenblatt は Plan A 4%・Plan C+ 25%・Plan D 28%、といった分布。誰一人「Plan A が起きる確率が高い」とは思っていません。それでも Plan A を推すのは、「起きる確率」より「起こすべきかどうか」で判断しているからです。
「規範的提案」とはこういうものなのだな、と読者としては気づかされる構成です。
なぜ Plan A なのか、実装コスト vs 期待価値
Plan A の推奨理由は、シンプルにいうと「他のプランに比べて期待価値が高い」ことです。Alignment 成功確率72%、Great Future 到達確率42%は、他プランと比べていちばん高い数字です。それだけでなく、Plan A は「6年のテイクオフ期間」を確保するので、それ以外のプランで足りない安全研究の時間を稼げます。
もちろん実装コストは大きくかかります。米中信頼構築の政治的困難、Verification(検証)技術の実装、計算資源のキャップ制度など、実現するために越えなければならない壁は多いです。批判者はこの実現性を疑い、次章で見るように「政策現実性への疑問」を投げかけています。
一方で、企業や政府にとってPlan A実現に賭ける必要はないという読み方もあります。Plan A が実現しても、Plan C+ になっても、Plan D になっても、no-regret(後悔しない)な準備アクションがあります。この観点は最終章で詳しく見ます。
反響を読む:支持者、批判者、そして日本語圏の沈黙

AI 2040: Plan A が2026年7月9日に発表されてから、英語圏メディアと研究者コミュニティは早速反応しました。しかし日本語圏の反応はほとんどないという、面白い非対称が見えます。
英語圏メディアの反応
発表当日の2026年7月9日には、いくつかの大手メディアが取り上げました。
- Washington Post(Nitasha Tiku 記者)は、「彼は AI が人類絶滅を引き起こす可能性を警告した。今はもっと良い道があると言っている」という見出しで報道しました
- Axios(Ashley Gold 記者、独占取材)は Kokotajlo の「超知能の到来を遅らせれば、社会に準備する時間がもっと与えられる」、そして Larsen の「私たちは今、本当に恐ろしい現状のほうに向かっている」という言葉を引用しています
- Semafor(Reed Albergotti 記者、7月10日)は知的に真剣な提案として紹介しました
支持する研究者たち
支持派の筆頭は Scott Alexander 氏(Astral Codex Ten ブログ運営者)で、AI 2040 の寄稿者の1人でもあります。「選択肢はビジネス通常と、目を見張るAIイノベーションの世界のどちらか、ではありません。2033年にナノボットが太陽系を食べ尽くすのか、2035年にガンの治療法を得るのか、なのです」と発表しました。
Boaz Barak 氏(OpenAI 安全研究員、Harvard 教授)は限定支持の立場です。「AI 2040 の Plan A に全部同意するわけではないけれど、非常に思慮深い。特に好きな要素は、透明性と拡散を推している点」と評価しました。

批判する研究者たち
Richard Ngo 氏(元 OpenAI・DeepMind、現・独立研究者、AI Futures Project のコンサルタントでもある内部懐疑派)は「Selective Optimism(選択的楽観主義): a critique of AI 2040」というレビューを発表しました。「彼らが推奨する未来は、2040年までにAIに権限を渡すという内容。彼らの貢献は堅牢な進歩に『足りていない』」と批判しています。
Gary Marcus 氏(NYU 名誉教授、AI 懐疑派の重鎮)は、「AGI は2027年に来ない、Kokotajlo 自身も認めた」と AI 2040 の後退を「認識力の変化」として歓迎しつつ、根本的な超知能予測そのものを疑いました。
批判の6つの論点
英語圏で見られる批判は、主に6つの論点に整理できます。
- タイムラインのゴールポスト移動。AGI 予測が2027年 → 2030年 → 2040年と後退している。批判者は「根拠が弱かった証拠」と読む
- 政策実現性の疑問。米中「相互確証計算破壊」は、核 arms-control の歴史でも達成できなかった信頼と検証を要求している
- 国内政治の軽視(Ngo 氏)。米中競争をデフォルトオプションとして扱うと自己成就予言化する
- 鋭いテイクオフ仮定への懐疑(Marcus 氏)。AI ベンチマークと実世界インパクトの間の乖離が、能力ゲインの複利効果を疑わせる
- 「Passing the Torch」問題(Ngo 氏)。2039年 → 2040年での完全な権限移譲は急激すぎる
- 経済モデルの欠陥(Hacker News 議論)。「AIとロボット建て」融資、デフレスパイラル解決の想定は貸出の基本原理を誤解している
支持側の反論
支持側の反論は次の通りです。Kokotajlo は Axios で「実際に望ましいことを推薦するのは、聴衆が聞かないとしても意味がある」と述べています。Plan A は予測ではなく規範的提案だ、ということです。Scott Alexander は「黄金の中庸」と表現しました。慎重派も加速派も納得できる軌道だ、と。Barak は「透明性と拡散」の枠組みを評価します。既存の Safety 提案がフロンティアモデルを少数のラボと政府に集中させるのに対し、Plan A は公開アクセスと検証を推している、と。
日本語圏の沈黙という異常事態
さて、日本語圏の反応はどうかというと、これがほとんどありません。2026年7月11日時点で、note にも Zenn にも、日本経済新聞にも Forbes JAPAN にも、AI 2040 の解説記事は見当たらないのです。X で AI Safety Tokyo 系の一部アカウントが言及する程度です。
これは前作 AI 2027 のときと非常に対照的です。AI 2027 は2025年4月公開後、日本経済新聞が特集記事、Forbes JAPAN が予測的中率88%として報道、note と Zenn では少なくとも6本の日本語全訳が上がりました。何より博報堂DYホールディングス Chief AI Officer の森正弥氏(内閣府 AI 戦略専門調査会委員でもある)が前後編の解説記事を出すなど、政策実務のコミュニティにも浸透していました。
なぜ AI 2040 は話題にならないのでしょうか。3つの理由が考えられます。
まず1つ目は、「予測ではなく規範的提案」という性質のせいです。予測は「当たるかどうか」というスリルがあるので拡散しやすいのですが、「こうすべきだ」の提案は解釈のハードルが高く、翻訳の力が要ります。
2つ目は、Plan A の前提である「米中2極の透明性合意」というモデルが、日本の政策的枠組みと構造的にミスマッチしている点です。日本はG7広島AIプロセス(2023年5月G7広島サミット発起、同年12月に国際指針採択、2026年3月時点で日本企業9社を含む25組織が国際行動規範遵守状況報告書を提出)を軸に、G7全体で連携する国際協調路線を取っています。米中2極合意という前提は、この路線から見ると別軸なのです。
3つ目は、発表が2026年7月と直近すぎて、翻訳や解説の蓄積時間がないことです。時間が経てば note で日本語訳や解説が出てくる可能性はあります。
日本の代表的AI研究者たちの立場
AI 2040 への直接コメントは見当たりませんが、日本経済新聞が集計した AGI 到来時期予測から、主要研究者の立場が見えます。
- 松尾豊氏(東大教授、AI 戦略会議座長)は「AGI は早ければ3年、遅くても10年で到来」「達成主体の本命はビッグテック、対抗馬は中国」
- 甘利俊一氏(東大名誉教授、理研)は「2035年には AGI に近いものが実用化されているだろう」
- 岡野原大輔氏(PFN CRO)は「スケール則が急速に改善している。データ品質向上により同性能達成の計算リソースが年数倍のペースで減少している」
- 金井良太氏(Araya CEO)は「2027年に AGI 到来。達成するのは xAI・Tesla・X の連合」(AI 2027 と最も近い予測時期)
- 曽根岡侑也氏(ELYZA CEO)は「3年以内に達成する可能性が高い(2028年目安)」
こう並べると、日本の研究者たちも AGI 到達時期そのものについては積極的に発言していますが、AI 2027/2040 のシナリオそのものへの直接的コメントはほぼ見当たりません。内閣府「人工知能基本計画」(2025年12月23日閣議決定)や経産省「AI事業者ガイドライン v1.2」(2026年3月31日改訂)も、AGI/ASI 到来シナリオ論には踏み込まず、「信頼できる AI」を軸に産業活用・研究開発強化・リスク対応の3本柱で整理しています。
日本の実務者にとっては、「AI 2040 のような大きな枠組み論を、自分たちの業界と政策文脈にどう降ろすか」を自分で考えることが、当面の課題になりそうです。次章では、そのための no-regret な準備アクションを見ていきます。
実務者は月曜日から何を始めるか:AI TRiSM、AI Ethics Board、そして反復ループ

ここまでで AI 2040: Plan A の骨格、5つのシナリオ、反響、日本語圏の沈黙を見てきました。最後の章では「R&D企画、知財、新規事業、IT戦略の実務者は、明日から何を始めればいいのか」を具体化します。
いちばん大事な視点は「Plan A が実現しても、Plan D になっても、後悔しない準備アクションを選ぶ」ということです。予測に賭けるのではなく、どのシナリオでも意味を持つ手を打つ。著者たちの見立てでも Plan D(無規制競争)が「介入がなかったらこうなる」というデフォルト予測でした。企業としては、複数シナリオの重なりで動くしかありません。
no-regret な5つの準備アクション
以下の5つは、AI 2040 のどのシナリオが実現しても、企業としてやっておく価値があるアクションです。
1. 全社員 AI リテラシー教育の必須化
EU AI Act は2026年2月から段階的に「AI Literacy」義務(AI システムを使う従業員が基本理解を持つこと)を課しています。日本企業でも、Microsoft Copilot・Google Duet AI・Salesforce Agentforce のいずれかを全社ライセンス化するのが2026年内の最低ラインです。Microsoft Copilot は2026年Q1時点で有料20M人、企業ライセンス16億人まで拡大しています。Accenture は74万席を展開し、Fortune 500 の90%以上が導入済みです。
2. AI Ethics Board / Responsible AI Council の取締役会直下設置
2024年時点で AI 監督を取締役会レベルで持つ企業は11%でしたが、2025年には40%まで拡大しました(Knostic 集計)。1年で4倍のペースです。Microsoft は Office of Responsible AI と Responsible AI Council を、Google は 2025年に Responsible AI プロセスを更新、Salesforce は Einstein Trust Layer(Zero-trust design、SOC 2 準拠監査ログ)を運用しています。日本企業も遅れずに社内体制を整えるフェーズです。
3. AI TRiSM ツール導入
AI TRiSM(Trust, Risk and Security Management、AI の信頼・リスク・セキュリティ管理)の市場は、SNS Insider の予測では2032年までに87億ドル、CAGR 17.9%まで拡大する見込みです。Gartner は「TRiSM 投資企業は非投資企業より35%高い売上成長率」と予測しています。モデル行動監視、プロンプトインジェクション検知、説明可能性ダッシュボード、コンプライアンスレポート、AI エージェントの委任 provenance など、機能領域は多岐にわたります。
4. 研究・知財の AI アシスタント PoC
R&D 向けには Elicit(1億3800万件の論文DB、Enterprise で4万件の systematic review screening)、Consensus(1000万ユーザー、170大学ライブラリ提携、2026年5月 Series A $30M 調達)、Undermind(GSK で1000名以上の科学者が使用)が実用化されています。知財向けには PatSnap(180M件の特許文書を170管轄で indexing)、Anaqua(AQX platform)、Clarivate(2024年7月に Rowan TELS を買収して drafting 強化)などが選択肢になります。
5. Verifiable Delegation プロトコル対応の内部 ID 基盤
AI エージェントが業務を実行する際、人間の authorization が末端行動から progressively disconnect するアカウンタビリティギャップが2026年から本格化します。研究レベルでは Agentic JWT(delegation chain を JWT claim に埋め込み)、HDP: Human Delegation Provenance、VET (Verifiable Execution Traces) といったプロトコルが提案されており、エンタープライズ実装は2026-2027年に本格化する見込みです。
影響を受ける役職を職種別に見る
Plan A シナリオの2030-2035年フェーズでは、以下の役職が変わっていきます。
- 研究者は、文献レビュー・仮説生成・実験計画草案の70-80%を AI に委任し、価値判断と実験実行に集中する
- エンジニアは、GitHub Copilot・Codex 系がコード生成する状況で、アーキテクチャ設計とレビューに集中する
- 事務職は、定型事務・文書作成・スケジュール調整を AI Assistant が処理する体制になる
- 経営者は、戦略立案・KPI 設計・意思決定を AI 提案評価を主軸に進める
- 法務・知財は、先行技術調査・明細書ドラフト・拒絶応答を AI 下書きに任せ、弁理士は戦略判断と監修に集中する
「AI 2040 の話を自分の業界に降ろす」ための反復ループ
no-regret アクションを打ちつつ、もう1つやりたいのは「AI 2040 のような大きな枠組みを、自分の業界と自分の現場に降ろす」作業です。しかも1回で終わらず、3ヶ月ごとに問い直す反復ループとして持つのが理想です。
Deskrex が開発しているSnorbeは、こういう反復リサーチに合った AI リサーチエージェントです。特徴は次の3つです。
- 専門DB群を自然な日本語で叩けます。JPO(特許庁)、EPO(欧州特許庁)、Google Patents、arXiv、PubMed、Semantic Scholar など、専門家が使うデータベースを、複雑なクエリ言語を意識せずに問い合わせできます
- 完全記憶型ナレッジグラフで記憶が育ちます。過去に問い合わせた内容や、そこで発見した論点は、ワークスペースにナレッジグラフとして蓄積されます。3ヶ月後に同じ問いを投げると、前回との差分を捉えられます
- Deep Research モードで多段調査ができます。単発の検索ではなく、Plan → Search → Extract → Verify → Synthesize の5フェーズで、引用付きレポートを生成します
たとえば「AI 2040 のシナリオを、自分の化学業界の R&D にどう降ろすか」を問う3ステップの反復ループは、こんな形になります。
ステップ1(今週)は、Snorbe に「AI 2040 Plan A のシナリオが化学業界の R&D に及ぼす影響を、2028年、2030年、2035年、2040年の節目で整理してください」と問いを立てます。出てきたレポートを社内で回覧します。
ステップ2(今月)は、レポートで指摘された論点を、社内 AI Safety 会議(あるいは AI Ethics Board)の議題に載せます。特に「2035年一時停止が起きたら、うちの化学 R&D はどこで止まるか」「Verifiable Delegation プロトコルは、うちの研究員のワークフローにどう組み込むか」といった具体的な問いに落とし込みます。
ステップ3(3ヶ月後)に、もう一度同じテーマを Snorbe に投げます。3ヶ月の間に何が動いたか、Kokotajlo の予測は再修正されたか、Anthropic RSP はまた更新されたか、EU AI Act の運用実態はどう変わったか、を差分で捉えます。
大きな枠組みは、単発の記事を読んで理解した気になるより、繰り返し問い直して自分の業界にフィットする形に磨いていくほうが実務価値が高いのです。Snorbe のDeep Research モードは、そういう「継続的なリサーチ」を前提に設計されています。
まとめ:Plan A に賭けなくても、準備はできる
AI 2040: Plan A は、AGI の到来時期を確定させるための予測ではなく、「こういう未来なら受け入れられる」という設計図です。米中の透明性協定、2035年の一時停止、2040年の段階的引き継ぎ。数字と日付が明示されているのは、著者たちが確信を持っているからではなく、議論の土台にするためです。
日本の実務者にとって、Plan A が実現するかどうかは二次的な問題です。それより大事なのは、Plan A のような枠組みが「うちの業界と自分の仕事にどう影響するか」を継続的に問い続けることです。EU AI Act の GPAI 義務、AI TRiSM 市場の急拡大、AI Ethics Board の設置率4倍化、といった実務コンテクストは、Plan A が実現しても実現しなくても意味を持ちます。
月曜日から始められる3つのアクションを、最後にもう一度並べます。
- 全社員 AI リテラシー教育を「今年度中に完了する」計画に落とし込む
- AI Ethics Board / Responsible AI Council の設置を、まだなら取締役会マターとして提案する
- Snorbe のような AI リサーチエージェントを使って、AI 2040 系のシナリオを自分の業界に降ろす反復ループを持つ
大きな未来を語る本や論文は、読んで気持ちが動いた瞬間が最も価値があるわけではありません。3ヶ月後、6ヶ月後にもう一度同じ問いを立て直したときに、じわりと現場が変わっているのが本当の効き目です。Plan A を眺めた日に、明日の1歩を軽く踏み出す。それくらいの構えで十分だと思います。
よくある質問
Q1. AI 2040 と AI 2027 の違いは何ですか?
同じチーム(AI Futures Project)が書いた文書ですが、性質が根本的に異なります。AI 2027 は2025年4月公開の「これから起きる予測」を月ごとに描いたシナリオでした。AI 2040 は2026年7月公開の「こう進むべきだ」という規範的提案です。前者は描写、後者は設計図です。AI 2040 は AI 2027 の「race(競争)」エンディングを避けるための道筋を示す位置づけです。
Q2. Plan A は実現可能ですか?
著者たち自身も「実現確率」は低く見積もっています。たとえば Daniel Kokotajlo 個人は Plan A 15%、Plan D(無規制競争)30%と評価しており、「Plan D になる可能性のほうが高い」と考えているようです。それでも Plan A を推薦するのは、「起きる確率」より「起こすべきかどうか」で判断しているためです。批判者からは米中信頼構築の困難、Trump 政権の政策変動、Paris Summit で米英が最終宣言に不署名したことなどが、政策実現性への疑問として提起されています。
Q3. AGI は本当に2028〜2035年に来るのですか?
AGI(汎用人工知能)の到来時期は専門家の間でも意見が分かれます。日本の松尾豊氏は「3〜10年」、甘利俊一氏は「2035年頃」、金井良太氏は「2027年」と予測しています。技術的な根拠としては、METR による RE-Bench や HCAST のベンチマーク、Time Horizon 論文(フロンティアモデルの能力が約7ヶ月ごとに倍増)などがありますが、Gary Marcus 氏のような懐疑派も存在します。予測は動くもので、実際に Kokotajlo 氏は2025年11月に AGI 到達中央値を2027年から2030年代へ後ろ倒ししました。
Q4. 日本政府は AI 2040 にどう反応していますか?
2026年7月11日時点で、内閣府や経産省の公表資料に AI 2040 への直接言及は見当たりません。日本政府の AI 政策は G7 広島 AI プロセス(2023年5月発起、同年12月に国際指針採択)を軸に、内閣府「人工知能基本計画」(2025年12月閣議決定)と経産省「AI事業者ガイドライン v1.2」(2026年3月改訂)で構成されています。米中2極合意という Plan A の前提は、G7全体で連携する日本の国際協調路線とは別軸の設計です。
Q5. 私の会社は何から始めればよいですか?
Plan A のどのシナリオが実現しても後悔しない no-regret な準備アクションが5つあります。(1) 全社員 AI リテラシー教育の必須化、(2) AI Ethics Board / Responsible AI Council の取締役会直下設置(2025年時点で40%の企業が導入済)、(3) AI TRiSM ツール導入(2032年に87億ドル市場、Gartner 予測で投資企業は非投資企業より35%高い売上成長)、(4) Elicit / Undermind / Consensus など AI 研究支援ツール PoC、(5) Verifiable Delegation プロトコル対応の内部 ID 基盤整備、です。すぐに全部やる必要はなく、まずは自社に近いものから着手するのが現実的です。
Q6. Snorbe はどう使えますか?
Snorbe は Deskrex が開発しているAIリサーチエージェントです。AI 2040 のような大きな枠組みを「自分の業界にどう降ろすか」を継続的に問い直す反復ループのために作られました。特徴は3つあります。(1) JPO、EPO、Google Patents、arXiv、PubMed、Semantic Scholar などの専門DBを自然な日本語で叩ける、(2) 完全記憶型ナレッジグラフで過去のリサーチが蓄積される、(3) Deep Research モードで Plan → Search → Extract → Verify → Synthesize の5フェーズを回します。3ヶ月ごとに同じテーマを問い直すことで、Kokotajlo の予測修正や Anthropic RSP のアップデート、EU AI Act 運用実態の変化を差分で捉えられます。詳しくはSnorbe のランディングページから。
Q7. Plan A の Verification Plan とは具体的に何を検証しますか?
Verification Plan 補足資料は、Romeo Dean 氏が執筆しています。主な検証手段は次の通りです。(1) データセンターのフロントエンドネットワークに光ファイバータップを設置、(2) 再計算サーバーで作業パケットのランダムサンプルを検証、(3) 再現可能なパケット要件、(4) テンパー明白な筐体(不正操作の痕跡が残る設計)、(5) 米中の R&D クラスタを相互防衛可能な立地に置く(米国クラスタをモンゴル、中国クラスタをカナダ、scorched earth 自壊機構つき)。物理検査、電子監視、環境観測を組み合わせて計算資源の使用状況を検証する設計です。
調査手法について
こちらの記事はグラフAIリサーチプラットフォームのSnorbeを使って作られています。Snorbeは研究開発・新規事業向けの調査テーマに応じた幅広い項目のオートリサーチや、ナレッジグラフの構築、構造化レポートの生成ができるAIリサーチツールです。

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調査したいテーマを入力するだけで、AIが深堀りすべき観点や広げるべき調査項目をレコメンドしながら、自動でリサーチを進めます。収集した情報はナレッジグラフとして蓄積され、未調査領域(ホワイトスペース)を可視化しながら調査の網羅性を高めていけます。
また、観点マトリクスを30秒・構造化レポートを10分で自動生成する機能があり、出典付きのレポートをMarkdown/PDF形式でエクスポートできます。調査の元データも保存されるため、ファクトチェックや社内共有も容易です。
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市場調査やデスクリサーチの生成AIエージェントを作っています 仲間探し中 / Founder of AI Desk Research Agent @deskrex , https://deskrex.ai
