ソフトウェアファクトリーとは|国内外の実践と製品の未来

ソフトウェアファクトリー。経費画面を作成し人が確認する工程。 ソフトウエア

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私たちが日々業務で利用している経費精算や顧客管理といったソフトウェアが、もし人間の手ではなく、AIによって機械の生産ラインのように自動で作られるようになったら、私たちの仕事はどう変わるでしょうか。

近年、AI技術の進化に伴い、「ソフトウェアファクトリー(ソフトウェアの工場化)」という概念が再び注目を集めています。プログラムを書かない事業責任者や企画担当者、あるいは業務用ソフトの選定者にとって、開発現場の技術的な変化は直接関わりのない話に思えるかもしれません。しかし、ソフトウェアを作る工程の大部分が自動化され、開発にかかる時間と費用が下がるとすれば、私たちが「どのような製品を購入し、どう使うか」という利用側の前提を根本から覆す可能性を秘めています。

本記事では、国内外の企業によるソフトウェアファクトリーの実践例を紐解きながら、現在すでにAIによって「できていること」と、システムを長期的に安全に動かすための「まだ難しい課題」を整理します。

その上で、開発工程の工場化が進んだ先で、製品の作られ方や売られ方がどう変わるのかを探ります。多くの企業が共通のシステムを使う形から個別対応が広がる可能性や、ソフトウェアという道具ではなく「仕事の完了」そのものを売る新たな変化の兆し、そしてプログラム作成の自動化が進む提供企業に何が残るのかを紐解きます。

これからの時代に、自社の課題を真に解決できる安全なシステムを選び抜き、活用していくための視点をお伝えします。

ソフトウェアファクトリーとは何か

要望から作成・動作確認・変更案までをつなぎ、結果に応じて修正を繰り返す説明図。

「ソフトウェアファクトリー」という言葉を聞いて、工場でロボットが製品を組み立てる様子を想像するかもしれません。しかし、ここで作られるのは物理的なモノではなく、私たちが日々業務で使っているシステムやアプリケーションです。

ソフトウェアファクトリーとは、人間のエンジニアが手作業でプログラムを書く代わりに、AIや自動化技術を組み合わせて、人間の「こんな機能が欲しい」という要望から「実際に動くソフトウェア」を生み出すまでの一連の工程を、機械の生産ラインのように処理する仕組みを指します。

この仕組みを理解するために、身近な業務ソフトである「経費精算ソフト」の機能変更を架空の例として考えてみましょう。

経費精算の業務には、従業員による申請、上長や経理担当者による承認、内容に不備があった場合の却下や差し戻しといった手順があり、それぞれの操作を行える利用者の権限が異なります。会社のルールに基づいて正しい入力と承認記録を残すことが、こうしたソフトウェアの土台です。

ここで、会社の規定が変わり「特定の金額以上の申請には、新しい承認ルートを追加したい」という要望が出たとします。

これまでの開発では、企画担当者やエンジニアが話し合って設計図(仕様)を作り、プログラマーがそれに合わせてコード(コンピュータへの命令文)を書きます。その後、意図通りに動くかのテストを行い、本番環境へ反映させるという、人の手によるバケツリレーが行われていました。

一方、ソフトウェアファクトリーでは、このリレーの大部分をシステムが担います。 関連製品の開発を進めているFactory社の文書(2026年10月時点で一部企業向けに限定公開中)では、開発における取り込みからコードの生成、検証、リリース(公開)、説明書の作成、その後の監視に至るまでの各工程において、自動化の適用範囲が示されています。人が行う作業の多くが機械のラインに置き換わる構想です。

では、具体的に「工場」の中では何が起きているのでしょうか。インフラ管理ツールなどを提供するStrongDM社は、自社で実践している開発手法を「ソフトウェアファクトリー」と呼び、その仕組みを公開しています。

同社では、新しい機能の仕様と、利用者がどう操作するかのシナリオを入力すると、AIのエージェント(自律的に動くプログラム)がコードの作成と検証を反復します。その結果、人間が一切コードを書かず、できあがったコードの確認(レビュー)もしないという方式をとっています。

この工程で特に重要になるのが「検証(テスト)」の仕組みです。AIが自ら作成したプログラムを自分でテストすると、テストを通すために自分へ都合よくテスト内容を書き換えて通過させてしまう問題が起こり得ます。これを防ぐため、同社では外部から与えられた「実際のユーザー行動シナリオ」を使って正しく動くかどうかを厳しく検証しています。

ソフトウェアファクトリーは、一度プログラムを書いて終わりではありません。「種」となる仕様や既存のプログラムを読み込み、実際の利用環境に近い状態で検証を行い、その出力結果をもとに修正を繰り返すことが、この仕組みの設計原則とされています。

要望の入力、作成、厳格なテスト、修正という一連の工程を人とAIが役割を分けて回し続けるこの仕組みは、今後の製品の作られ方や使われ方を根本から変える可能性を秘めています。

なぜ今、ソフトウェアを工場で作るのか

決められた処理を進める従来の自動化と、結果を見て修正するAIの工程の違い。

ソフトウェアの開発現場において、「自動化」という言葉自体は決して新しいものではありません。これまでも多くの企業が、開発を効率よく進め、人為的なミスを減らすために様々な自動化ツールを導入してきました。では、なぜ今になって改めて「ソフトウェアファクトリー(ソフトウェアの工場化)」という言葉が注目されているのでしょうか。

それを理解するためには、従来の自動化と、現在AIが担い始めている変化を明確に区別する必要があります。

従来の開発でも、出来上がったプログラムの「テスト」や、完成した機能を本番環境へ反映させる「公開処理」の多くは自動化されていました。前のセクションで挙げた経費精算ソフトの例で言えば、新しい承認ルートを追加した際、その変更が既存の交通費計算などの基本機能を壊していないかをシステムが自動で点検し、問題がなければ本番のサーバーに自動で配置する、といった仕組みです。

しかし、これらはあくまで「人間が書いたプログラム」を、「人間があらかじめ決めたルールと手順」に従って処理するものでした。

生成AIのモデルを開発するAnthropic社は、システムを動かす仕組みについて、あらかじめ定義された手順に従って動く仕組み(ワークフロー)と、AIがその場で必要な手順や使うべき道具を自ら判断して動く仕組み(エージェント)を区別し、定型業務には前者の予測可能性が、不確実な業務には後者の柔軟性が向くと説明しています。

従来の自動テストや公開処理は、いわば決められた定型業務をこなすワークフローでした。対して今の「工場化」の中核にあるのは、AIが自律的に動くエージェントの存在です。「どのようなプログラムを書けば要望を満たせるか」という正解が一つではない不確実な作業を、AI自身が試行錯誤しながら進めるようになった点が、これまでとの決定的な違いです。

具体的な実践例として、決済システムを提供するStripe社の取り組みがあります。同社が開発したAIは、社内のチャットツールなどから指示を受けると、プログラムを書き、既存の自動テストの仕組みを通過させ、人間が最終確認(レビュー)を行う直前の状態にまとめるまでの工程を無人で進めます。同社は2026年2月9日に、このAIだけがプログラムを書き、人間が確認して実際の製品に取り込まれた件数が週に1000件を超えたと報告しています(製品に取り込まれた変更の件数であり、作業時間や品質の改善率ではありません)。

さらに、このAIの自律的な働きを、単なる「プログラム作成の自動化」にとどめず、製品の改善サイクル全体へ広げようとするのがソフトウェアファクトリーの構想です。

関連技術を提供するFactory社は、外部からの不具合報告や顧客の声を、計画、作成、検証、公開、監視の各工程につなぎ、その監視結果をまた次の改善の入力へと戻す一連の循環を「ソフトウェアファクトリー」と説明しつつ、この循環をAI主導で十分に動かせている組織はまだほとんどないとも記しています。

これまで人間が頭を悩ませていた「不具合の修正」や「顧客要望の実現」といった工程の大部分をAIが担い、それが稼働後の監視データと結びついて自動で次の改善策を生み出す。この循環を機械の生産ラインのように止めることなく回し続けることが期待されているからこそ、今「ソフトウェアを工場で作る」という概念が現実味を帯びて語られているのです。

国内外で異なる定義と人の役割

コードの確認、最終確認、何を作るかの判断は異なる関与点。複数の関与点を組み合わせる設計もある。

「ソフトウェアファクトリー」という言葉が指す開発のあり方は、発信する企業や実践者によって違いがあります。最大の差は「人間がどこまで開発工程に関わるか」という点です。

先述した米国のStrongDM社の実践は、人間が要望を入力した後は、プログラムの作成から確認(レビュー)まで人間が一切関与しない手法でした。関連ツールを提供するFactory社が構想する、不具合報告や監視データを次の開発へ自動で回す循環も同様です。これらは、極力人間の手を介さない自動化を志向しています。

一方で、人間の役割を重要視し、AIとの協業として工場化を捉える日本の事例もあります。法人向けの支出管理サービスなどを提供するLayerX社は、自社開発のAIについて報告しています。

同社は、社内のチャットツールやWeb画面からAIを起動し、スマートフォンの画面表示(UI)の変更といったプログラムの実装、動作確認、画面の撮影、人間に対する変更内容の提案(プルリクエスト)の作成までを進めたと報告しています。2026年10月時点の同社の自己申告によれば、1日に出される変更提案の55〜60%程度(200件弱)がAI経由で作成され、58名が利用しているとされます。ただし、この数値はシステム全体に対する提案数の割合であり、AIの提案がそのまま採用された数や品質、開発時間の短縮を示すものではありません。

米国の一部企業が確認作業すらAIに任せるのに対し、LayerX社のアプローチでは、最終的なプログラムの確認は人間が行います。同社は、そもそも顧客の課題をどのように解決し、どんな仕様にするかという上流の意思決定は不確実性が高いため、「AIの工場へ流す仕事自体を考える必要がある」と指摘しています。また、AIの作業記録を次の作業指示(プロンプト)に戻して自動で改善させるループの仕組みについても、将来の構想として語るにとどまり、完全な自動改善がすでに稼働しているわけではありません。

人間の関与を残す背景には、完全に人間の監視を外すことのリスクがあります。ソフトウェア開発の工場化を整理した海外の考察記事では、この仕組みの構成要素として、作業の循環(ループ)、検証環境(ハーネス)、人間の確認(レビューゲート)を定義し、人間の監視を外したAIエージェントの運用が失敗した事例を引用して、品質維持の難しさを指摘しています。

国内外の事例を比べると、ソフトウェアファクトリーは人間を完全に排除する仕組みとして完成しているわけではないことが分かります。企画担当者や事業責任者にとって重要なのは、「AIに全て任せる」ことではなく、定型的な作業をAIのラインに乗せ、人間は「顧客のどの課題を解くべきか」という意思決定や品質の監視に注力するという、新しい役割分担を考えることです。

実践でできていること、まだ難しいこと

隔離環境で作成した変更を人が確認して採用する工程と、長期の品質確認は別の対象。

ソフトウェアファクトリーの仕組みは、少しずつ開発現場に組み込まれ始めています。しかし、事業責任者や企画担当者が新しい技術を評価する際には、「現在すでに実現できている実績」と「安全に動かすための検証条件」、そして「将来の構想にとどまっている保守の難しさ」を切り分けて考える必要があります。

まず「できていること」として、AIがプログラムの作成や修正を担い、製品の一部として採用される事例が増えています。決済システムを提供するStripe社は、前述したAIによるプログラム作成について、2026年2月19日の報告で、人間が確認して製品に取り込まれた件数が週1300件を超えたとしています(件数の増加だけで生産性向上は判断できません)。同社は、実装やテストの修復といったAIの判断と、プログラムの体裁を整えるなどの決定的処理を組み合わせて運用しています。

また、経費精算システムなどを提供するRamp社は2026年1月に、対象となるシステムの画面側や裏側の処理において、取り込まれたプログラム変更提案の約30%をAIが作成したと報告しました(対象を限定した自社環境での自己申告であり、開発時間や品質の改善率ではありません)。

こうした実績を支えるのが、厳格な検証条件です。Stripe社とRamp社は、AIがプログラムを作る環境を本番から隔離しています。Ramp社はAIを隔離された仮想環境で動かし、裏側のテスト結果や画面変更の撮影画像を使って検証しています。Stripe社もテスト専用の隔離環境を用い、本番のサービスや実際のユーザーデータへのアクセスを制限しています。業務ソフトにおける決済の失敗や情報流出は致命的であるため、AIが誤った変更をしても利用者に影響が及ばない安全な環境を用意しているのです。

一方で「まだ難しいこと」として立ちはだかるのが、人間の確認をなくす無人化と、システムの長期的な保守です。 過去に人間が修正したバグをAIが検出できるかを測定した査読前の研究では、人間の確認をなくす「無人化」が可能かを探っています。公開98リポジトリの1000件と1社の非公開2リポジトリの800件、計1800件のタスクで構成する評価では、最良のAI構成は公開部分の上位5つの指摘内で、取り込み前後のバグの検出率を平均すると約71.9%の既知のバグを検出しました。しかし、企業の非公開環境での測定では性能が最大25.5%低下しました。これは既存のバグを再発見できるかをAIの判定を用いて測ったものであり、全バグの検出率や、長期的な保守の品質を証明するものではありません。

無人での運用を試みた企業の経験からもその難しさがうかがえます。人間とAIの協業ツールを提供するHumanLayer社の著者は、2025年7月から自社で始めた無人確認の運用を振り返り、なぜソフトウェアファクトリーが失敗するのかを考察しました。著者は、完全に人間の関与をなくすStrongDM社の実践についても長期的な成果は未確認であると記しています(同社の運用経験であり、他社の成否まで示すものではありません)。

つまり、今回紹介した実践では、隔離された環境でAIにプログラムを作らせてテストし、人間の確認を経て製品へ取り込む方式が広がっています。自動で改善を繰り返す学習ループや、長期間にわたる保守作業までの無人化については、紹介した資料だけで品質維持を判断できません。

作る費用と時間が変わると、製品はどう変わるか

会社ごとの変更が作りやすくなっても、共通部分と個別部分の保守は続く。

ソフトウェアを工場のように自動で作り出す仕組みが定着し、開発にかかる時間と費用が大幅に下がった場合、私たちが購入して利用している製品そのものはどのように変わっていくのでしょうか。

最も大きな変化の可能性は、「個別対応」の広がりです。

現在普及している経費精算ソフトなど、インターネット経由で共通のシステムを利用するクラウドサービス(SaaS)は、多くの企業が同じ機能を使うことで提供側が開発や保守の費用を分散し、低価格を実現してきました。そのため、導入する企業に独自の複雑な承認ルールがあったとしても、システム側を一社のためだけに変更することは難しく、「システムに合わせて業務のやり方を変える」のが一般的な導入のあり方でした。

しかし、AIのエージェントが要望からプログラムを書き上げ、テストまでを自律的にこなすようになれば、機能を追加するコストが下がる可能性があります。「この会社だけの特別な承認ルート」や「特定の部署に特化した入力画面」といった個別対応を、システム提供側が安価かつ迅速に引き受けられるようになるかもしれません。Microsoft社のCEOも2025年1月の戦略発表において、自律的に動くエージェントがSaaSの各カテゴリのあり方を変えると述べています。

一方で、誰もが簡単に機能を追加や変更できる仕組みは、新たな負担も生み出します。

ソフトウェアは一度作って終わりではなく、情報の安全性を保つための更新や、連携する他のシステムの変更に合わせた調整など、継続的な管理(保守)が欠かせません。顧客ごとの要望に合わせて無数の個別プログラムが生成された場合、それらが互いに矛盾を起こさず、長期間にわたって安全に動き続けるように維持する負担は膨大になります。

この負担を乗り越える理想の形として語られるのが、システム自身による継続的な改善です。前のセクションで紹介したFactory社が構想するように、外部からの不具合報告や日々の稼働データをAIが監視し、それをもとに自動で次の修正プログラムを作り出して検証へ回す循環が完全に機能すれば、個別対応が増えても保守の負担は抑えられるはずです。

しかし現実には、同社も認めている通り、こうした改善の循環をAI主導で十分に動かせている組織はまだほとんどありません。なぜなら、技術的な課題だけでなく、「そもそも何を解決すべきか」という人間の意思決定が必要不可欠だからです。

日本で実践を進めるLayerX社が指摘している通り、顧客が抱える課題をどう解き、どのような仕様のシステムに落とし込むかという工程には正解がなく、非常に不確実です。単に「承認の手間を減らしたい」という顧客の要望があったとき、それを新しいボタンの追加で解決するのか、承認ルールそのものの見直しを提案するのかは、AIではなく人間が判断すべき領域です。

つまり、作る費用や時間が下がったからといって、顧客の要望を無批判にすべてAIの「工場」へ流し込めば良いわけではありません。無秩序な個別対応の増殖は、かえって管理不能なシステムを生み出す危険をはらんでいます。今後、製品を提供する企業に求められるのは、これまでのように「共通の機能を作って一律に売る」ことから、「顧客の本当の課題を整理し、必要な機能だけを安全な形でAIに作らせて継続的に管理する」という供給方法へ舵を切ることだと言えます。

モデルだけがプロダクトになる未来はあるのか

モデルによる機能吸収の未来仮説、既存ソフトの操作代行、完了への課金は異なる変化。

AIの性能が向上し、要望から機能を作り出す過程が自動化されると、私たちが操作するための「ソフトウェア」という枠組み自体が不要になるのではないか、という意見があります。

2025年3月に発表された記事では、AIモデルの能力向上によって、私たちが普段利用しているアプリケーションの領域までAIが侵食していくと予測されています(著者の個人的な見通しであり、市場全体の実証結果ではありません)。つまり、経費精算や顧客管理といった個別のソフトを開かなくても、AIモデルに「経費をまとめて」と指示するだけで、裏側で機能が吸収され処理が完結する世界です。

では、モデルだけが製品として売られる未来が来るのでしょうか。現実の業務に照らすと、現時点の製品の仕組みだけから、その未来を断定はできません。

AIモデルを組み込んだ開発が注目を集めていた2023年の時点で、モデル単体ではなく、情報の信頼性を支える仕組みや、人間が使いやすい操作画面(UI)を含む製品全体にこそ価値があると指摘する論考がありました。業務システムにおいては、情報の正確性を担保する仕組みや、人間が最終確認しやすい画面があって初めて実用的な製品となります。

そのため現在の具体例では、既存のソフトウェアに「操作を代行するAI」が組み込まれています。Microsoft社のCEOは2025年7月の経営者向け説明で、既存のクラウドサービス(SaaS)がAIのエージェントとチャット機能を組み込み、これまでの人間が操作する画面と新しいAIの形態を併存させていると述べています。

人間が操作する画面を残しつつ定型作業をAIが代行するようになると、ソフトウェアの「売られ方」にも変化の兆しが現れます。システムという「道具」の利用権ではなく、「仕事の完了」に対してお金を払う仕組みです。

米国のベンチャーキャピタルであるSequoia Capitalは2026年3月に、AIツールの販売から、仕事の完了そのものを販売する方式への移行を提唱しました(投資家による将来の仮説です)。

この変化を体現する事例が、カスタマーサポート向けシステムを提供するIntercom社のAIエージェント「Fin」です。このサービスはソフトウェアの月額利用料に加え、AIが顧客との会話を通じて問題を「解決」した件数ごとに課金する仕組みを導入しています。

Intercom社が決済サービス企業のStripe社の請求基盤を導入した事例では、Finによる解決1件あたり99セントを課金し、その計測と請求を行う実装の様子が紹介されています(紹介事例の料金であり、契約時は現行の価格と課金条件を確認してください)。

ただし、ここで注意すべきは「何をもって仕事の完了とみなすか」です。Finの課金対象となる「解決」とは、顧客の事業成果や真の満足度そのものではなく、顧客が解決したと確認した場合や、追加の人間の支援を求めずに会話から退出した場合など、提供企業側が定義した課金イベントに過ぎません。

モデルだけが製品になるという未来を断定することはできませんが、AIが人間の操作を代行し、「仕事の完了」を製品として売るような変化はすでに始まっています。システムを導入する事業責任者や企画担当者は、これまでの「どんな機能があるか」だけでなく、「提供企業はどのような条件を『仕事の完了』と定義しているか」という視点で製品を選ぶ必要が出てくるでしょう。

製品を提供する企業に何が残るのか

経費精算の架空例。記録・権限・接続に加え、例外を経理担当へ引き渡す仕組みを考える。

AIがプログラムのコードを書き、「仕事の完了」まで自律的にこなすようになると、私たちが利用している業務ソフトを提供する企業(ベンダー)の存在意義はどうなるのでしょうか。コードを書く必要がないなら、システム開発会社は不要になり、誰もがAIに直接指示を出せば事足りるようになるのでしょうか。

現実の業務において、それは考えにくいシナリオです。むしろ、ソフトウェアファクトリーが普及した先で製品を提供する企業に残るのは、プログラムを作成するという作業から解放された分、顧客が本当に求める「本質的な仕事」へ回帰することだと言えます。

具体的には、データの安全な保管、他のシステムとの接続、人間による確認の仕組み作り、そしてAIが対応できない例外処理への対応です。

この変化の兆しは、AI自身を管理する仕組みの作り方からも読み取ることができます。AIモデルを開発するOpenAI社が公開した、自律的に動くエージェントの実行を管理する仕組み(オーケストレータ)の仕様では、実装の必須構成として課題の管理、作業領域、作業手順のルール(workflow policy)、システムの監視、認証機能が明示されています。

この仕様はあくまでプログラムの実行を管理するものであり、事業の成果を測定するものではありません。また興味深いことに、処理の途中で「人間による確認(Human Review)」へ引き渡す機能は、必須ではなく選択可能として扱われています。つまり、AIが完全に無人で処理を進めるか、人間の承認を間に挟むかは、システムの提供企業がそれぞれの業務の性質に合わせて実装ポリシーを決定することになります。

読者の皆さんが日々使っている経費精算ソフトを例に考えてみましょう。ソフトを選定し導入する事業責任者が提供企業に求めている価値は、「経費を計算するプログラムのコード」そのものではありません。

本当に求めているのは、従業員が会社の規定(作業手順のルール)に従って迷わず申請できることや、正しい権限を持つ人だけが承認できる仕組み(権限管理)があること、処理された結果が安全に保管され(記録)、社内の会計システムへと確実につながること(接続)です。

さらに、AIが領収書を読み取って自動で精算処理を進めるようになったとしても、見たことのない高額な請求や、ルールの解釈が難しい例外的な支出が発生した場合には、無理にAIに処理させず、経理担当者の画面に警告を出して処理を引き渡す(例外対応と人間の確認)仕組みが不可欠です。

このように考えると、ソフトウェアファクトリーによって「工場」でコードを大量生産できるようになったとしても、業務ソフトの価値が失われるわけではないことが分かります。むしろコード作成という手段にかかっていた時間と費用が下がることで、提供企業は「顧客の業務ルールをどう安全にシステムへ落とし込むか」「AIと人間をどうスムーズに連携させるか」という、より上流の設計に注力できるようになります。

今後の業務ソフトは、「どんな機能があるか」という機能の数ではなく、「データの安全性や接続のしやすさ、例外発生時に人間がいかに素早く介入して確認できるか」という土台の堅牢さが価値の源泉になります。

ソフトウェアファクトリーは、決して人間から仕事を奪うだけの魔法の箱ではありません。機械ができる定型的なプログラム作成を徹底的に自動化することで、製品を提供する企業とそれを利用する私たちが、「そもそも自分たちの仕事のルールはどうあるべきか」という人間本来の意思決定に専念できる環境を整えるための仕組みなのです。システムを導入する選定者にとっても、AIの賢さだけでなく、こうした「安全な土台」を共に築けるパートナー企業を選ぶ視点が、今後ますます重要になっていくでしょう。

よくある質問

Q1. ソフトウェアファクトリーが普及すれば、自社でエンジニアがいなくても好きなシステムを自由に作れるようになりますか?

AIがプログラムを書く作業を代行するようになっても、専門家や開発会社が全く不要になるわけではありません。思いつきの要望をそのままAIの「工場」へ流し込むと、矛盾した機能が無秩序に増え、後から管理できなくなる危険性があります。

「そもそもどのような業務ルールにするべきか」という企画の意思決定や、システム全体が安全に動き続けるための保守管理は依然として不可欠です。そのため、こうした上流の設計や全体の管理を担える専門人材やパートナー企業の役割は、今後さらに重要になります。

Q2. AIが自動でプログラムを作ったり修正したりして、決済の失敗や情報漏えいといったトラブルは起きませんか?

本文で紹介したStripe社とRamp社は、プログラムを作る環境を本番から隔離しています。AIは本番のデータから切り離された隔離環境でプログラムを作成し、実際のユーザー行動を想定した厳格なテストを通過した場合のみ採用されるなど、開発中の誤りが利用者に直接及ぶことを抑えています。

また、AIの判断が難しい例外的な処理や高額な決済などが発生した際は、無理に自動化せず、人間に確認を求める仕組みを組み込むことが不可欠とされています。

Q3. 今後、新しく業務ソフトを選定する際の基準はどのように変わりますか?

これまでは「自社の業務に必要な機能がメニューとして備わっているか」が主な基準でした。しかし今後は、AIによる操作の代行や個別開発が容易になるため、「システムの土台となる堅牢さ」がより重要になります。

具体的には、データの安全な保管体制、他の社内システムとの接続のしやすさ、そしてトラブルや例外が発生した際に人間がいかにスムーズに介入して確認できる設計になっているかが問われます。また、機能の利用権ではなく「仕事の完了」に対して課金される仕組みが普及していくと、提供企業が「何をもって仕事の完了と定義しているか」を正確に理解しておくことも選定の重要なポイントになります。

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