事業部門でAIを活用する際、単に「作業をシステムへ移す」だけでは業務は完結しません。AIが顧客からの情報整理や返信の下書き作成を担うようになった後、社員の担当業務と、AIの提案を確認・判断する責任をどのように組み直すかが、部門責任者の重要な課題となります。
役割の再設計を曖昧にしたまま運用を始めると、社員がAIの提案を鵜呑みにして承認ボタンを押すだけの「確認係」に陥り、誤った判断がそのまま顧客へ届いてしまうリスクが高まります。また、AIによって作業時間が短縮されても、その空いた時間が顧客対応の品質向上や人材育成に活かされないままになってしまいます。
この記事では、一つの仕事をAIの下書きと人の判断にどう分割するのか、承認の条件や例外が発生した際のエスカレーション先をどう定義するのか、そして確認の負荷を見ながら空いた時間を企画や育成へどう割り当てるのかについて、部門責任者が実務の分担を決めるための具体的な考え方を解説します。
一つの仕事をAIの下書きと人の判断に分ける

AIを作業プロセスに組み込む際、業務のすべてをシステムへ任せるのではなく、一つの仕事を「AIによる情報整理と下書き作成」と「人による事実確認と最終判断」に分割することが、AI導入後の業務設計の第一歩となります。社員を単なるAIの承認ボタンを押すだけの役割にしないためには、どこまでをAIに委ね、何をもって人が判断を下すのかを明確にする必要があります。
カスタマーサポートの現場では、AIに下書きや関連情報の提示を任せ、人が顧客への対応内容を決めるという役割分担が検証されています。例えば、企業向けソフトウェアの技術支援チャットに関する2024年の研究では、AIが過去の会話から回答案や社内文書へのリンクを担当者にだけ提示し、担当者がその一部または全部を採用するかを自由に決める仕組みが導入されました。この研究の推定では、毎時の解決件数が15.2%増加し、特に経験の浅い層で大きな改善効果が見られた一方で、熟練層においては小さな品質の低下も観測されています。これはAIにすべてを正解させるのではなく、AIの提案を人が状況に合わせて責任を持って取捨選択し、適切に補正することの重要性を示しています。
具体的に一つの仕事をどのように分けるのか、小規模な通販チームが「注文した商品の一部を取り消したい」という問い合わせを受けた場面を想定した架空の設計例で考えます。
まず、AIの役割は、顧客からの問い合わせ内容、注文状態、そして店舗の取消や返金規定を読み込み、顧客の要望に対して不足している情報を尋ねる質問案の作成や、注文の照会結果の整理、顧客への返信案を作ることです。
一方、人の担当者の役割は、AIが作成した下書きを鵜呑みにせず、注文番号、対象商品、出荷状態、店舗の規定を実際の原資料に戻って確かめることです。もし情報に不一致があったり、すでに出荷済みであったり、規定外の要望が含まれている場合は、AIに任せたまま自動で処理を進めず、担当者や責任者が例外としての判断を引き継ぎます。
顧客対応を支援するシステムの中にも、このような「AIの提案と人の判断」という役割分担を前提とした画面設計が存在します。Zendesk公式のヘルプに示されたAI機能の操作例では、担当者の画面にAIからの操作案とともに、なぜその提案が生成されたのかという理由や、権限などの条件に応じて根拠となる情報へのリンクが表示されます。担当者はその内容を確認したうえで、返信文は必要に応じて編集して採用(Approve)するか、あるいは破棄して通常の返答作業に戻るかを選ぶことができます。さらに、AIが生成した返答案だけでなく、管理者が書いた手動指示(Manual instructions)が表示され、担当者が手順を実行して完了記録を残す仕組みも用意されています。

このように、一つの仕事をAIの下書きと人の判断に分けることで、AIの間違いをそのまま顧客へ届けてしまうリスクを抑えられます。そして、担当者の役割を「規定と事実の照合」「例外的な状況の切り分け」、そして「顧客の最終的な意思の確認」へと具体的に組み直すことが可能になります。
承認・例外・顧客への返答を担当者まで決める

AIに下書きや情報整理を任せた後、その提案を「誰が・どの条件で」承認し、例外が起きた際に「誰に」引き継ぐのかを明確に定義することが、部門責任者には求められます。
システム側でAIの操作を自動化する際、情報の参照と書き換えで承認の基準を分ける考え方があります。Zendesk公式の解説では、何度繰り返してもデータを変更しない出荷状況の取得などを「事前承認」の候補とし、返金処理のようにデータを書き換える操作は担当者が都度確認する「担当者承認」を推奨しています。ただし、これはあくまで推奨であり、システムがすべての書き込みを強制的に止める保証ではありません。さらに、事前承認された操作は指定した順序通りにならず、前提条件を満たす前に実行されてしまう可能性があります。業務手順のテキストに条件を書くだけでAIの実行を完全に制御できるわけではないため、安全性が求められる操作は確実に担当者の判断を挟む仕組みが不可欠です。
また、担当者の確認を挟む「Human in the Loop」と呼ばれる仕組みであっても、システムによって未承認時の動作は異なります。2026年10月時点で確認できるIntercomのヘルプによると、AI(Fin)のIntercom helpdeskのメール・チャット向けの「Escalation Rules」版ベータ機能では、特定の話題でAIが回答を保留し、不足情報や判断を人へ質問(Ask for input)します。人が事実を追加するとAIが新案を作り、人が再確認して承認(Approve)すれば顧客へ送信されます。AIの返信を止めて人が全会話を引き継ぐ(Take over)ことも可能です。しかし、この機能には時間制限があり、誰も答えなかった場合に元の未確認案を送信する設定や、人が回答するまで無期限に待機する設定が存在します。なお、システム画面に示されるAIの信頼度は、人間の正答率や事故確率と同じではありません。
一方、同じFinでもProcedures版では、時間切れになるとAIが離脱し、設定された先へエスカレーションされます。製品名や機能の名称だけでは実際の動作は決まらないため、担当者が席を外している間にAIがどう動くかまでを含めて返答のルールを決める必要があります。

前節で挙げた小規模な通販チームが未出荷商品の取消依頼を受ける架空の設計例で、具体的な分担を考えます。この設計案では、AIが整理した照会結果や返信案をもとに、担当者が実際の注文番号や出荷状態などの原資料と照合します。もし情報の不一致、すでに出荷済み、店舗の規定外といった例外事項が見つかった場合は、AIに任せたまま自動で決めず、責任者へと判断を戻します。
顧客の最終的な意思、対象商品、返金額、二重処理の有無などを確認し、権限のある担当者が承認した場合にのみ、実際の取消や返金操作へ進むルールとしています。さらに、例外対応として次の担当者や責任者へ引き継ぐ際は、単に会話履歴を渡すのではなく、「確認した事実」「未確認の事項」「実行済みの操作」「判断の理由」を明確にして渡します。
このように、承認の条件、例外発生時のエスカレーション先、そしてシステムが未承認時にどう動くかという制約を踏まえて分担を決めることで、AIを活用しながらも確認責任が曖昧にならない業務手順を構築できます。
確認負荷と品質を見て分担を変える

AI導入後の業務設計は、初期のルール設定だけで完結するものではありません。実務が走り出した後は、担当者がAIの下書きを確認する負荷や、最終的な顧客対応の品質を継続的に計測し、役割分担を見直す必要があります。特に注意すべきは、AIの提案によって担当者の確認が甘くなるリスクです。企業向けソフトウェア技術支援へのAI導入を分析した研究では、経験の浅い層で解決件数が増加した一方、経験豊富な熟練層においては小さな品質の低下も観測されました。論文は、AIの提案が熟練者の注意をそらす可能性などを挙げており、AIの導入が全社員一律の正答率向上をもたらすわけではないことを示しています。品質を保つためには、担当者の確認作業が形骸化していないかを見極めることが重要です。
担当者の確認負荷やAIの有効性を把握するためには、システムに記録されるレポートを活用します。たとえば、IntercomのHuman in the loopレポートでは、AIの元案を承認したケース、担当者が追加情報を入力して新回答を作ったケース、担当者がAIから対応を引き取ったケースが別に集計されます。ここで注意すべきは、これら3つの結果を足しても全体の100%にはならないという点です。担当者が時間内に確認できず時間切れになったり、待機状態のまま顧客が離脱したりするケースが残ります。責任者は、完了した操作だけでなく、こうした未完了の記録も含めて全体の状況を把握する必要があります。
これらの記録を根拠に、分担やルールの変更を判断します。レポートには担当者別の処理件数や総時間、平均応答時間が表示されます。もし、誰も時間内に確認できず時間切れとなるケースが頻発しているなら、担当者の割り当て人数や承認期限の設定を調整します。また、特定の話題で担当者が会話を引き取る割合が突出して高い場合は、AIが参照している社内の知識やルール自体を見直す対応に繋げます。なお、システム上の送信完了が、顧客の目的達成に実際に結びついているかは、自社が定めた完了条件と照らし合わせて別途確認する設計が求められます。
通販チームが商品の取消依頼を受ける架空の設計例においても、分担の再検討は発生します。たとえば、情報不一致などの例外判断をすべて少数の責任者へ集中させた結果、責任者が案件を抱え込んでしまい、顧客への返答が遅れる事態が想定されます。確認・修正・承認待ちを含めた工数測定の記事で解説しているように、作業時間をAIの生成時間、人の修正時間、次の人を待つ承認待ち時間へ時刻付きで分けて記録することで、滞留箇所を特定できます。責任者の承認待ちで滞留していると分かれば、担当者を単なる確認係のままにするのではなく、例外判断の準備や顧客への追加の聞き取りといった仕事へ再配分し、担当時間や権限の範囲を柔軟に見直すことが部門責任者の務めとなります。
空いた時間の仕事と育成を具体的に割り当てる

AIが情報整理や下書き作成を担うことで担当者の作業時間が削減された場合、その空いた時間を単なる待機や人員削減に充てるのではなく、どのような業務や人材育成に再配分するかを決めることが部門責任者の重要な役割となります。
AIを導入した後の役割変更について、カスタマーサポートツールを提供するIntercomの2026年の自社運用報告が具体例を示しています。同社は、従来のヘルプセンター管理者を自社のAI(Fin)向けに内容を最適化する「Knowledge Manager」へ移行させ、AIから人への引き継ぎを含む会話体験全体を設計する「Conversation Designer」という役割を新設しました。さらに、サポート担当者が顧客からの問い合わせを処理する受信箱から意図的に離れ、AIの知識不足や改善点を見つけて情報を更新する「out of the inbox」の専用時間を確保しています。人の担当範囲をより複雑な技術支援へと見直し、知識の更新、相談対応、そして顧客の次の行動を支える仕事へと時間配分を変えたと報告しています。なお、これは同社自身の成功事例であり、独立した第三者による効果検証ではないため、解決率の向上や必要な人員数、費用対効果などを他の企業へそのまま一般化できるものではありません。
前節まで用いてきた、小規模な通販チームが未出荷商品の取消依頼を受ける架空の設計例においても、空いた時間の具体的な割り当てを組み込みます。ここでは、担当者をAIの提案をただ通過させるだけの「確認係」にはしません。浮いた時間を活用して、店舗の規定に基づいた顧客への丁寧な説明、例外的な対応を求める顧客からの細かな要望の聞き取り、そして責任者がスムーズに例外判断を行えるようにするための事前準備といった仕事へ配分します。さらに、AIが不適切な返信案を作った際の原因を分析し、店舗の規定やマニュアルを更新してAIの間違いを正す作業にも担当者の時間を割り当てます。
また、AIが下書きを作る環境での人材育成も、明確に設計へ組み込む必要があります。AIの支援があれば作業自体は早く進むかもしれませんが、業務の背景や判断基準が自動的に身につくわけではありません。そのため、業務の前提を知らない新人が、AIの提案を採用した理由や根拠となる原資料の記載を、責任者や顧客に対して正確に説明できるかを試す時間を設けます。あわせて、担当者が離席した際などに、後任者が記録された事実と未確認事項をもとに、未完了の対応を正しく再開できるかを訓練することも重要です。
こうした担当者の役割変更や育成への時間配分は、一度決めて終わりではありません。例外判断の準備や知識の更新にどれだけの時間を割くべきか、新人がどこまで根拠を説明できれば単独での承認を許可するかといった分担表や承認条件は、店舗が実際に業務を回し試行しながら調整していきます。AIに作業を移して生まれた時間を、顧客体験の向上とシステムの継続的な改善、そして社員の確かな判断力を養うための機会として具体的に割り当てることで、AIを活用し続ける組織の土台が作られます。
よくある質問
Q1. AIに作業を任せた後、担当者が単なる「承認ボタンを押す係」になるのを防ぐにはどう設計すべきですか?
AIの提案を鵜呑みにせず、元の資料と照らし合わせて確認・判断する手順を業務プロセスへ明確に組み込みます。たとえば、Zendesk公式のShopify注文取消に関する操作レシピでは、AIが注文を照会して取消と返金の案を提案し、担当者が採用すると処理が実行される手順が示されています。
ただし、これを実際の業務で安全に運用するには、担当者が本人情報と注文情報を照合し、不一致がないか、未出荷か出荷済みか、商品の全部取消か一部かといった条件を自ら確かめる必要があります。公式の操作例に示される3〜5日での返金といった返品条件は全店舗の標準ではないため、担当者が自社の規定に合っているかを原資料に戻って確認し、顧客の最終意思を確かめてから実行するという責任を持たせることが重要です。
Q2. 担当者の確認を挟むシステムを利用すれば、未確認のまま顧客へ送信されるのを完全に防げますか?
システムに「人が確認する機能」が備わっていても、設定によって未承認時の動作が異なるため、完全に防げるとは限りません。担当者に情報の追加や判断を求める設定にしていても、制限時間を過ぎるとAIが未確認の元案をそのまま自動で送信してしまう機能や、担当者が答えるまで無期限に待機し続ける機能が存在します。一方で、時間切れになるとAIが離脱し、指定された別の担当者や責任者へ引き継がれる機能もあります。
製品名や機能の名称だけで実際の動作が決まるわけではないため、部門責任者は、担当者が他の業務で対応できない間に時間切れになった場合、システムがどう動くのかを含めて承認ルールを決める必要があります。
Q3. AIに下書きを任せて担当者の作業時間が短縮された場合、部門責任者は空いた時間をどう割り当てるべきですか?
短縮された時間は、AIだけでは完結しない例外対応や、AIが参照する情報の改善、そして社員の確かな判断力を養うための人材育成へ具体的に再配分します。
作業が早くなった分、担当者の役割を、例外的な要望の細かな聞き取りや、例外判断を行う責任者のための事前準備などに充てます。また、AIが不適切な提案をした際に、原因となる社内マニュアルの不足を見つけて知識を更新するのも人が担うべき仕事です。作業が自動化されても業務の前提や判断基準が勝手に身につくわけではないため、新人がAIの提案を採用した理由を原資料に基づいて説明できるか試すといった育成の時間を、あらかじめ業務設計に組み込むことをお勧めします。
AIを組み込む仕事の流れづくりをご支援します
Deskrexでは、AIを使って調査・制作・分析などの仕事を進めるために、工程と役割分担を設計し、実装する支援を行っています。AIに渡す資料や指示、使えるツール、人が確認する箇所を整理し、一連の仕事として動く仕組みをつくります。

まず、届けたい成果物と現在の作業手順を確認し、実際の仕事をAIで試します。品質、処理量、時間、費用を見ながら、今すぐ任せられる作業と、追加の設計や開発が必要な作業を確かめます。
その結果をもとに、工程の統合や並列化、ツール連携、結果の検証と修正の手順を組み込みます。実行回数や費用の上限、人の判断を待つ条件、途中の状態を保存して再開する方法も含めて設計し、実務で動作を確かめます。
業務へのAI導入やワークフロー作成のご相談は、AIワークフロー作成支援のご案内からお問い合わせください。任せたい仕事と、現在使っているツールを伺い、取り組む範囲を一緒に整理します。
市場調査やデスクリサーチの生成AIエージェントを作っています 仲間探し中 / Founder of AI Desk Research Agent @deskrex , https://deskrex.ai


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