「業界マップを作りたいけど、どこから手をつければいいかわからない」というR&D企画・事業開発・M&A担当・投資家・アナリストの方に向けて、目的別の4つのレシピを料理本のように並べて解説します。バリューチェーン軸、投資段階×競合軸、地理×商流軸、特許ネットワーク軸の4パターン、それぞれで使う材料(データソース)、調理時間、完成イメージを一枚の対応表にまとめます。EVバッテリー、生成AI、半導体、全固体電池といった2026年ど真ん中の実例を通して、CB Insights、PitchBook、Bloomberg、Gartner、McKinseyの一次情報から現場の判断材料を引き出します。読み終わる頃には、自分の目的に合ったレシピを1つ選んで、今から作り始められる状態になっているはずです。
業界マップとは何か|業界地図・特許マップ・市場マップとの違いから整理する

まず、「業界マップ」という言葉が指すものを、隣にある似た言葉と一緒に整理させてください。ここが曖昧なまま作り始めると、途中で「あれ、私は何を作っているんだっけ」となりがちです。
「業界地図」「市場マップ」「特許マップ」との関係
書店で見かける『業界地図』(東洋経済や日経の年鑑)は、業界全体を俯瞰した静的な参考資料です。読み物としては便利ですが、事業戦略や投資判断の意思決定に使う解像度までは踏み込みません。
一方で、実務で作る業界マップは、目的に応じて中身がガラッと変わります。米国のUmbrexの整理によれば、Market Mapping(Landscape Mapping)は「セグメント、ユースケース、バイヤーサイズ、価格帯、チャネル、地理、ビジネスモデルなどの明確なタクソノミーを定義し、そこに企業をプロットし、スケール・成長・提携・資金調達などのエビデンスを重ねる」ことで「クラスタ、ホワイトスペース、重複、断層線」を浮かび上がらせる技法です(Umbrex Market Mapping)。市場マップは市場セグメント整理、特許マップは技術ポートフォリオ可視化、エコシステムマップはハブ企業と周辺プレイヤーの関係性を描く、といった具合に切り口が違います。業界マップはこれらの上位概念で、目的別にどの型を選ぶかが本質になります。
誰が「業界マップの作り方」を検索しているか
活用シーンは主に4つに集約できます。M&Aターゲットのロングリスト化、新規事業テーマ探索、競合ポジショニングの把握、R&D戦略立案。M&Aの現場では、SourceScrubやMasScienceが「まずコーポレート戦略と紐付けてから、サブセグメントに細かく分解し、規模と健全性で階層化する」プロセスを推奨していて、業界マップはロングリスト作成のスタート地点として位置づけられています。R&D企画や技術戦略の方は、特許ネットワークを重ねて技術の重力場を見に行きます。VCやアナリストは投資段階と競合をマトリクスで並べます。同じ「業界マップ」でも、目的が違えば作り方が変わる。ここを最初に押さえておくと、あとの話が乗りやすくなる気がします。
なぜ2026年に改めて重要なのか
3つのマクロ要因が効いています。1つ目は、生成AIとエージェントAIによって「産業の地図」が半年単位で書き換わるようになったこと。Gartner Hype Cycle for Agentic AI 2026は「6割超の企業が2年以内に導入予定」「40%以上のエージェントAIプロジェクトが2027年末までにキャンセルされる」といった強い予測を出していて、ランドスケープの読み違いにかかる代償が一段と大きくなっています。2つ目は、CB Insightsが433社を60カテゴリで整理した生成AI市場マップのように、意思決定者が「マップを見比べる」ことに慣れたこと。3つ目は、McKinseyのState of AIが「88%の企業がAIを業務利用、72%が生成AIを利用」と報告している一方で、「6%しかEBITベースで意味のあるインパクトを出せていない」と指摘した点で、地図を描かずに動く企業と描いてから動く企業の差が広がっています。
この記事で扱う4つのレシピ
料理本のように、この記事では4つのレシピを対応表で並べます。それぞれの材料(データソース)、調理時間、完成イメージが違うので、自分の目的に合った1つを選んでいただければと思います。
| レシピ | 主な用途 | 調理時間の目安 | 完成イメージ |
|---|---|---|---|
| A. バリューチェーン軸 | 川上〜川下の全体俯瞰、利益プール分析 | 1〜3日 | シェブロン図(矢羽根) |
| B. 投資段階×競合軸 | スタートアップ調査、投資判断 | 1〜2日 | グリッドマトリクス |
| C. 地理×商流軸 | サプライチェーン・地政学リスク分析 | 2〜5日 | フローマップ or 国×工程マトリクス |
| D. 特許ネットワーク軸 | R&D戦略、技術ロードマップ | 3〜7日 | ネットワークグラフ/ヒートマップ |
このあと、レシピAから順番に、実例つきで解いていきます。読みながら「自分の場合はこれが刺さりそうだ」というレシピを見つけてもらえたら、この記事の役目は半分果たせたことになる気がします。
レシピA|バリューチェーン軸で川上から川下まで並べる

最初にご紹介するのは、いちばん失敗しにくい定番のレシピ、バリューチェーン軸です。産業を「原材料から最終顧客まで」の工程で切って、各工程にプレイヤーを配置する作り方です。
土台になる考え方
ハーバード・ビジネス・スクールのマイケル・ポーターが提示したバリューチェーン理論がベースになっています。主活動(購買物流、製造、出荷物流、販売・マーケティング、サービス)と支援活動(インフラ、人事、技術開発、調達)で企業内の価値の流れを分解する考え方ですが、業界マップに転用するときは「業界全体の工程」に置き換えて使います(Lucidity Guide to Porter’s Value Chain)。
材料・調理時間・完成イメージ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 材料(データソース) | 年次報告書、有価証券報告書、IR資料、Bloomberg Terminal、Refinitiv、Speeda、業界団体レポート |
| 調理時間 | 1〜3日(既存業界)/3〜5日(新興業界) |
| 完成イメージ | 横方向のシェブロン図(矢羽根)または帯グラフ、Sankey図で流量を描く派生型もあり |
| 向くケース | 川上から川下までの全体俯瞰、利益プール分析、事業ドメインの隣接領域探索 |
手順を4ステップに分けると
1つずつ順番に。(1)主活動と支援活動を、対象産業に合わせて再定義する。(2)各工程に「主要プレイヤー」「有望プレイヤー」「新興プレイヤー」を層別で書き出す。(3)横並びのシェブロン図に配置し、上下に主要企業/新興企業を層別する。(4)工程ごとの粗利率や市場規模を色や面積で重ねて、利益プールを可視化する。
書いてみると単純ですが、(1)の工程の切り方で完成度が決まります。既存業界なら教科書的な切り方で十分ですが、新興業界だと工程の定義自体が最新の記事や有価証券報告書から拾う作業になるので、そこに1〜2日を使うことになります。
実例:EVバッテリーのバリューチェーン
具体を見てみましょう。EVバッテリーは、この4年ほどで最もマップが更新されている領域の1つです。IEAのGlobal EV Outlook 2026とRMI EV Battery Supply Chainによれば、EVバッテリーのサプライチェーンは大きく3層で捉えるのが定石です。アップストリームがリチウム・コバルト・マンガン・ニッケル・グラファイトの採掘、ミッドストリームが精製と正極・負極活物質の生産、ダウンストリームがセル・モジュール・パック製造、という並びです。
面白いのは、75kWhのニッケルリッチパック1台に、ニッケル30〜40kg、コバルト6〜10kg、リチウム5〜7kg、銅35〜45kgが含まれるという「原単位」を利益プールに重ねると、マップの解像度が一段上がる点です。素材が高騰した局面でどの工程が利益を失うか、地図の上で一目でわかるようになります。
ダウンストリームの先に「循環」の層を足すのも2026年らしい作り方です。Grand View Researchによれば、EVバッテリーリサイクル市場は成長軌道に乗っていて、CATL Brunp(中国、年50万トン級)、GEM(中国、30万トン級)、Umicore(ベルギー、15万トン級)、Redwood Materials(米、100GWh目標)といったリサイクル系プレイヤーが台頭しています。採掘から回収まで一枚で描けると、循環経済の議論と直結する業界マップになります。
生成AIバリューチェーンで応用してみる
同じレシピを生成AIに当てはめると、半導体(NVIDIA、AMD)→クラウド(AWS、Azure、GCP)→基盤モデル(OpenAI、Anthropic、Google)→アプリ(ChatGPT、Claude、Gemini、Perplexity)→エンドユーザー、というシェブロンが描けます。CB InsightsやMcKinseyの資料でよく見かけるのは、ほぼこの型です。
工程数が多い産業(半導体や医薬品)では、1枚に全部詰め込むと図が読めなくなってしまうので、「1工程1マップ」に分解するのが実務上のコツになります。BtoBとBtoCが混在している業界も、レイヤーを分けて2枚に描くほうが読みやすい図に落ちます。
レシピB|投資段階×競合軸でスタートアップランドスケープを描く

続いて、投資段階×競合軸のレシピです。CB InsightsやPitchBookが「Market Map」の名で世界的に普及させた、いま最も見かけるスタイルです。
どういう図が完成するか
行を投資ステージ(シード/シリーズA/B/C+/上場)、列をサブカテゴリに取って、各セルに企業ロゴを配置していく作り方です。CB Insightsは生成AI市場を60カテゴリで整理した1枚を公開していて、その中には433社のスタートアップが並んでいます。プレイヤーが年単位で入れ替わる領域では、このレシピがとにかくよく効きます。
材料・調理時間・完成イメージ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 材料(データソース) | CB Insights、PitchBook、Crunchbase、INITIAL、STARTUP DB、Speeda STARTUP、Awesome AI Market Maps |
| 調理時間 | 1〜2日(サブカテゴリの粒度が決まっていれば) |
| 完成イメージ | グリッド状マトリクス(行=投資ステージ、列=サブカテゴリ、セル=企業ロゴ) |
| 向くケース | スタートアップ調査、投資判断、新規事業テーマ発見、上司・投資家への説明資料 |
手順を4ステップに分けると
(1)対象市場のタクソノミー、つまりサブカテゴリの切り方をまず作ります。ここが一番大事です。(2)各サブカテゴリで代表企業を3〜7社、資金調達額・従業員数・製品ローンチ実績で足切りしてリスト化する。(3)投資ステージで縦軸を切る。CB InsightsやPitchBookはSeed/Series A/B/C+/Publicの5段が標準です。(4)各セルに企業ロゴを詰める。詰まりすぎたらカテゴリを分割する。
コツはサブカテゴリの粒度です。細かすぎるとロゴが埋もれて何がなんだかわからなくなり、粗すぎると差別化が消えてマップの意味がなくなります。CB Insightsが400社を1枚に収めるレイアウトも、実はこの粒度調整をどこまで丁寧にやり切れるかで決まっている気がします。
実例:AIエージェント市場マップ
具体で見てみましょう。CB InsightsのAI Agent Infrastructure market mapは400社超を16カテゴリで整理していて、Physical AIでは70社超をデータインフラ/モデル/可観測性という3層で並べています。PitchBookも「AI market map: 500 leading VC-backed AI companies」で、4セグメント×十数サブセグメントで500社を配置しました。日本の生態系ではINITIALやSTARTUP DBが同じ役割を担っています。
なぜこのレシピが2026年に急に増えているのか。Bloomberg Intelligenceは生成AI市場が2032年に2.3兆ドルに達すると予測しています。Gartnerは、AIエージェント単体で2026年に約109〜121億ドル規模、2030年までCAGR44〜46%で伸びると予測しました。市場自体が数十兆円級に膨らむのに対して、投資ステージ×競合マップは「どのステージにどれだけ資金が集中しているか」を1枚で示せるので、意思決定者が投資家説明や稟議に真っ先に使うツールとして定着しました。
AIとの分業でつくると2〜3倍早くなる
このレシピはAIとの相性がとても良いです。Perplexity Deep ResearchやChatGPT Deep Researchに「〇〇市場のサブカテゴリごとの代表企業5社を、直近12か月の資金調達額つきで教えて」と投げると、ロングリストの下書きが数分で戻ってきます。人間はサブカテゴリの設計と、AIが吐いたリストの検算に集中する分業になります。
無償で参考になる資料としては、Awesome AI Market MapsというGitHubリポジトリに、2025〜2026年のAI関連市場マップが500点以上集められています。自分の切り口を鍛えたいときに、他人のマップをまず眺めてみるのは意外と近道です。
PitchBookとCrunchbaseはどう使い分けるか
両者の比較記事を読むとよくまとまっていますが、CrunchbaseはCTOやVCの日常業務向けで安価、PitchBookは財務・バリュエーション・M&A履歴まで揃うので高価だが本気のM&A用途では第一選択、という棲み分けです。日本のディールならINITIALやSTARTUP DBが強く、規模ではPitchBookに軍配、粒度と鮮度ではINITIALに軍配、という感覚で使い分けている方が多い印象です。
レシピC|地理×商流軸でサプライチェーンを国別に俯瞰する

3つ目のレシピは、地理×商流軸です。国境を越えて動く産業を「どの国のプレイヤーが/どの工程を握り/誰に売っているか」で切る作り方です。地政学リスクや輸出規制、経済安全保障が経営アジェンダの上位に上がってきた2020年代後半に、急に需要が増えました。
材料・調理時間・完成イメージ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 材料(データソース) | JETRO、UN Comtrade、WTO Tariff & Trade Data、SEMI(半導体)、政府白書、DeloitteやMoody’sのアウトルック |
| 調理時間 | 2〜5日(貿易統計の整合性を取る作業が重い) |
| 完成イメージ | 世界地図+輸出フロー矢印(フローマップ型)、または国×工程の2軸マトリクス |
| 向くケース | 地政学リスク分析、経済安全保障の観点整理、対中依存・対米依存の可視化 |
手順を4ステップに分けると
(1)対象産業のプレイヤーを工程別に洗い出す。ここはレシピAの延長で構いません。(2)各プレイヤーに「本社所在国」「主要製造拠点国」「主要販売先国」を紐付ける。(3)世界地図の上に、または国名を縦軸に取ったマトリクスに、工程別のプレイヤーを配置する。(4)主要な輸出フローや制裁・関税を矢印で重ねる。
貿易統計の整合性を取る作業は思ったより重いです。UN ComtradeやWTOのTariff & Trade DataをHSコード単位で当てにいくので、半日〜1日の作業になります。ただ、ここを丁寧にやると「対中輸出の中でどの品目が制裁対象で、金額ベースでどれくらい影響を受けるか」まで踏み込んだ議論ができるようになります。
実例:半導体サプライチェーン
半導体は、このレシピがいちばん刺さる産業です。Silicon Analystsによれば、2026年4月時点で世界に65のファブが稼働していて、10カ国16社(TSMC、Samsung、Intel、SMIC、Rapidus、GlobalFoundries、UMC、Tower、PSMC、Hua Hong、Nexchip、VIS、ASE、Amkor、JCET、SPIL)に集中しています。
工程別に見ると、7nm以下の先端ロジックはTSMCが世界シェア約9割、ファウンドリ売上全体で6割、CoWoSとInFOに代表される先端パッケージングでは台湾勢が85%を握っています(Semiwiki Global 2nm Supply Crunch)。メモリ側ではSamsungとSK Hynixが韓国からDRAMの71%、HBMの80%、NAND Flashの53%を出しています。日本のKioxiaとRapidus、米国のIntelとMicron、欧州のInfineonやSTMicroもマップの主要ノードです。装置側では蘭ASMLがEUV露光装置を独占していて、ここを1つのノードとして描かないと半導体マップは成立しません。
市場規模を数値で重ねる
数字を重ねると、マップの説得力が一段はっきり上がってきます。SEMIの2026年6月時点の見通しでは、半導体製造装置販売は2026年に約145億ドル規模(前年比10%成長)、300mmファブの装置支出は約133億ドルで18%増、ファウンドリ・ロジックセグメントは15%増の69.3億ドルに達すると予測されています。半導体産業全体は2026年に1兆ドルを突破する見通しで、当初予測より4年早いペースです。
日本発の商流を数字で握ると、2026年3月の対中輸出上位は半導体製造装置(2060億円)と集積回路(1110億円)で、日中の相互依存が装置起点で残っているのが見えてきます。JETROの国別統計と組み合わせると、対米・対中・対韓のフローが同じ縮尺で並びます。
電池材料・レアアースにも同じ型が刺さる
半導体以外でもこのレシピが刺さる代表例が、EV用のレアアース、電池材料、水素です。中国依存度がどの工程で何%か、輸出規制の対象になったらどの日本企業が影響を受けるか、という議論はすべて地理×商流マップの上でやると、一気に納得感が出てきます。米国SIA(Semiconductor Industry Association)はフローマップ型、Deloitteの2026 Semiconductor Industry OutlookやMoody’sの2026見通しはマトリクス型を好んで使います。読み手の意思決定スタイルに合わせてどちらかを選ぶと良いはずです。
レシピD|特許ネットワーク軸で技術の重力場を可視化する

最後のレシピは、特許ネットワーク軸です。技術がまだ市場に降りきっていない領域では、企業のロゴを並べるより特許を並べたほうが実態を捉えられます。研究開発の重心がどこに集まっているか、これから戦況が変わりそうな技術はどれか、といったことを可視化するときの本命のレシピです。
材料・調理時間・完成イメージ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 材料(データソース) | Google Patents、EPO Espacenet、JPO J-PlatPat、PatSnap、LexisNexis IP、Derwent、Lens.org、PATENTSVIEW |
| 可視化ツール | VOSviewer(無償、10万ノード対応)、Gephi(オープンソース、クラスタリング機能が強力) |
| 調理時間 | 3〜7日(テーマの絞り込みが甘いと2週間コース) |
| 完成イメージ | 出願人×IPCヒートマップ、発明者ネットワークグラフ、技術クラスタごとの時系列成長曲線 |
| 向くケース | R&D戦略立案、技術ロードマップ、投資家向け技術説明、大学発ベンチャーのdue diligence |
手順を4ステップに分けると
(1)対象技術のキーワードとIPC/CPC分類を確定する。IPCは国際特許分類、CPCは共通特許分類の略で、特許のジャンル分けに使うコードです。2020年代のディープテック分野を追いかけるなら、WIPOのPatent Analytics HandbookにあるY02系(環境・気候関連の横断分類)を必ず含めるのがコツです。(2)Google Patents/EPO Espacenet/JPO J-PlatPatなどから対象年次の特許を抽出する。(3)出願人・発明者・IPC共起マトリクスをつくり、VOSviewerやGephiに投入してネットワークを可視化する(WIPO Manual Chapter 12 Gephi、VOSviewer Manual)。(4)クラスタごとに技術テーマをラベリングし、企業別・国別のヒートマップに焼き直す。
実例:全固体電池の技術ランドスケープ
いま最も注目される題材の1つが全固体電池です。Patent AI Labによれば、Toyotaは2020〜2023年に付与された全固体電池特許を8200件超保有していて「Patent Fortress」と呼ばれています。以下LG、Samsung、Murata、Panasonicが続きます。日本勢の分厚い網が可視化されるあたり、日本の技術ポートフォリオの強みを国内外の投資家に説明するのに使える1枚になります。
面白いのは、企業ごとの技術路線が特許ネットワークではっきり色分けできる点です。Samsung SDIは銀−炭素複合体でリチウムのデンドライト(樹枝状結晶)を抑える路線、QuantumScapeはリチウム金属アノードで高エネルギー密度を狙う路線、Toyotaは硫化物系固体電解質の周辺で厚い網を張る路線、といった具合です。PatSnapの技術ランドスケープでも、2020〜2026年で電解質・界面工学の出願が急増しているのが確認できます。Samsung SDIは韓国のDongwha Enterpriseと硫化物電解質で提携していて、2027年の商用化を目指しています。
AIで下作業を巻き取り、人間は問い設計に集中する
このレシピは、AIツールとの組み合わせでずいぶん軽くなりました。PatSnapは自社にAIエージェントとセマンティック検索を持っていて、技術ランドスケープの可視化を数時間単位に短縮しています。XLSCOUTは106法域の特許を横断して、生成AIでフローチャートやブロック図まで自動生成するようになりました(Software Finder Patent Intelligence Tools 2026)。人間の仕事は「何を発見したいか」の問い設計と、AIが吐いたクラスタリング結果に対する専門家の解釈に絞り込まれていきます。
無償で始めるなら、Google PatentsのAdvanced Searchで対象IPCと年次を絞り込み、CSVでダウンロードしてVOSviewerに投入するのがいちばん近道です。Patently.comのまとめにもツール比較があるので参考になります。
他のレシピと重ねると発見がある
レシピDが本領を発揮するのは、他のレシピと重ね合わせたときです。たとえばレシピB(投資段階×競合)とレシピD(特許ネットワーク)を並べると、「資金は集めているが特許は薄い企業」と「特許は厚いが資金調達は静かな企業」が浮かび上がってきます。前者は評価が過熱している可能性、後者は買い手にとって隠れた宝の山、といった読みができるようになります。QuantumScapeのように単一企業を深堀するときは、被引用ネットワーク単独で使うと関係性が見えやすいです。
「技術の重力場」というのは大げさな表現に聞こえるかもしれませんが、いくつかのクラスタが強く引き寄せ合って、その周辺に新しい特許が続々と落ちていく様子を可視化すると、まさにそういう名前が似合う地図ができあがります。
Snorbeで4レシピを重ね合わせる|作って終わりを、育て続けるマップに変える

4つのレシピを並べて見てくると、実務で使うときの大きな悩みが1つ残ります。それは「業界マップは作った瞬間から陳腐化する」ということです。ここからの話は、その悩みをどう構造的に軽くするか、についてです。
「1枚のマップ」で終わらせる時代は終わりつつある
PitchBookの市場マップツールには毎週数千件の資金調達データが入ってきます。Google Patentsには1日数万件の特許が世界中から追加されます。半導体・電池・生成AIといったスピードの速い領域では、3か月に1回の全面更新でも間に合わなくなってきました。CB Insights自身も、Generative AI Market Mapを継続的にリフレッシュするために、社内で予測インテリジェンス(Mosaic Score)を活用していると公開しています。業界マップは「静的な成果物」から「更新され続けるダッシュボード」へと姿を変えつつあるわけです。
ナレッジグラフ型で「差分だけ追う」設計
そこで別のアプローチが考えられます。「業界マップを、単発の1枚絵ではなく、育て続けるナレッジグラフとして持つ」という発想です。
私たちが開発しているSnorbeは、この設計思想で動いています。完全記憶型のナレッジグラフに、これまでの調査結果がノードとして蓄積されていく仕組みです。先月の業界マップで置いた企業ノード、そのIRから拾った売上、直近の資金調達、関連する特許出願が、そのままグラフとして残っています。今週の調査は、この上に「差分」だけを積み上げていく形になります。
具体的にはこんな運用が考えられます。毎週金曜の午後、Snorbeに「先月の生成AI市場マップで置いた433社のうち、直近1週間で資金調達したのはどこか。金額と投資家名と、既存カテゴリのどこに追加すべきかも教えて」と自然な日本語で投げます。すると、AIが自動でCB Insights・PitchBook・INITIAL・STARTUP DB系のデータソースに当たり、差分だけを整理して返してくれる。1枚を作り直すよりずっと軽い運用で、「常に最新の業界マップ」を保つことができます。
4レシピすべてに使える汎用素材
Snorbeがこの記事のテーマと相性がいい理由がもう1つあります。特許(JPO・EPO・Google Patents)、学術(Semantic Scholar・arXiv・PubMed)、市場(PitchBookやCB Insights系のオープンデータ、Statista)を横断的に叩ける稀有な設計になっているので、レシピA〜Dのどれで作るマップにも汎用素材として使える点です。
レシピAのバリューチェーン軸なら「EVバッテリーの上流〜下流でTier 1メーカーをリストアップして、各社の直近の設備投資も添えて」と投げれば、有価証券報告書とプレスリリースから統合された答えが返ります。レシピBの投資段階×競合軸なら「AIエージェント市場を10カテゴリで整理して、各カテゴリの上位5社をSeed/Series A/B/C+で並べて」でグリッドの下書きが出ます。レシピCなら地理×商流、レシピDなら特許ネットワーク、といった具合に、レシピを跨いで同じデータグラフを再利用できます。
日本語で自然に問いを投げられるのも、実務では大きい違いです。Perplexity Deep ResearchやChatGPT Deep Researchも強力ですが、業界マップの文脈だと英語圏のデータに引っ張られがちで、日本発の情報が薄くなる傾向があります。Snorbeは日本の研究者・R&D企画・アナリストの実務に馴染むように、日本語で問いを投げて日本語で回答が返ってくる設計にしています。
R&D企画・M&A・投資家の反復運用イメージ
R&D企画の方であれば、レシピDの特許ネットワークを土台に、毎週金曜「先週から今週で公開された自社領域の特許は何件で、競合の中で新しい出願人はいるか」を投げるループが刺さります。M&A担当の方は、レシピBのマトリクスを土台に、毎週「新しくSeriesに進んだ企業」「Exitした企業」だけを差分で受け取る運用ができます。投資家・アナリストの方は、レシピAとレシピBを重ねて「金は集めているが特許は薄いプレイヤー」を毎月抽出する運用がハマります。
こういう反復設計は、Snorbeだけでできる話ではありませんが、ナレッジグラフに履歴が残るツールを1つ持っておくと、次の業界マップを作るコストが目に見えて下がってくるはずです。
2027以降の展望
最後に、少し先の話を短くしておきます。Gartnerの見立てでは、2026年末までにエンタープライズアプリケーションの40%がタスク特化型AIエージェントを内蔵します。これは2025年時点の5%未満から一気に跳ね上がる予測です。サプライチェーンマネジメント分野に絞ると、エージェントAI関連支出は2030年に530億ドル規模に達する見通しです。
一方で、Gartnerは同じ資料で「2027年末までにエージェントAIプロジェクトの40%超がキャンセルされる」とも警告しています。これは「AIが吐いた素材をヒトが検算せずにそのまま使う」運用が破綻することを予告しているように読めます。業界マップづくりも、レシピの引き出しの多さと、出典を1枚1枚踏み直せる読解力が2026年以降の差別化になる気がします。
作って終わり、から、育て続ける、へ。今週、あなたの業界のマップを1枚選んで、Snorbeに「先月比の差分を教えて」と投げてみるところから始めてみてはいかがでしょうか。
よくある質問
Q1. 業界マップと業界地図はどう違うのですか?
書店で買える『業界地図』(東洋経済新報社や日経BPの年鑑)は、業界全体を俯瞰した静的な参考資料で、読み物としての性格が強い1冊です。一方、実務で作る「業界マップ」は、事業戦略・投資判断・M&Aロングリスト・R&D戦略といった意思決定に耐える解像度まで踏み込みます。Umbrexの定義では、Market Mapping(Landscape Mapping)は「タクソノミーを定義してプロットし、スケール・成長・資金調達といったエビデンスを重ねる技法」とされていて、ここが業界地図との一番の違いになります。目的が違うので、両方を使い分けて構いません。
Q2. 4つのレシピはどう選べばいいですか?
作る目的で選んでいただくのがいちばん近道です。「川上〜川下の全体像がほしい」ならレシピA(バリューチェーン軸)、「スタートアップの分布や投資動向を見たい」ならレシピB(投資段階×競合軸)、「地政学リスクや輸出規制の影響を整理したい」ならレシピC(地理×商流軸)、「技術ポートフォリオや競合のR&D方向性を把握したい」ならレシピD(特許ネットワーク軸)です。複数の目的が重なる場合は、まず1つのレシピで作って、翌週別のレシピで層を足していく反復設計をおすすめします。
Q3. AIエージェントを使えば業界マップは自動でできますか?
初動の情報収集と分類はかなり自動化できますが、完全自動化はまだ現実的ではありません。McKinseyのState of AIによれば、企業の23%がエージェントAIを本格スケール中、39%が実験段階に入っていて、業界マップ作成のような「情報収集+分類+可視化」タスクはエージェント活用の初手として定着しています。ChatGPT Deep Research、Gemini Deep Research、Perplexity Pro Searchなどが数分でロングリストの下書きを返してくれるので、人間はサブカテゴリ設計と検算に集中する分業になります。ただしGartnerは「2027年末までにエージェントAIプロジェクトの40%超がキャンセル」と警告していて、AIが吐いたマップをそのまま出すのは危険です。出典を1枚1枚踏み直す読解力は引き続き必要になります。
Q4. データソースは有料のものが必須ですか?
用途によっては無償でもかなりのところまで到達できます。レシピBならCrunchbaseやAwesome AI Market Maps、レシピCならJETRO・UN Comtrade・WTOの公開データ、レシピDならGoogle Patents・EPO Espacenet・JPO J-PlatPatが無償で使えます。ただし本気のM&AやVC投資判断で使うなら、PitchBook、CB Insights、S&P Capital IQといった有料データベースが第一選択になります。目的と予算で選んでいただくのが健全です。
Q5. 業界マップづくりに向いているAIツールを教えてください。
海外勢では、ChatGPT Deep Research、Gemini Deep Research、Perplexity Pro Searchが3大巨頭です。Perplexityは「引用が最速で最も明確」、ChatGPT Deep Researchは「最も長いレポート、最も深い統合」といった特徴があります。特許ランドスケープならPatSnapのAIエージェント、XLSCOUTの生成AIによる図表化が有力です。日本語で自然に問いを投げたい場合は、私たちが開発しているSnorbeが、特許(JPO・EPO・Google Patents)、学術(Semantic Scholar・arXiv・PubMed)、市場データを横断的に扱えるので、4レシピすべてに使える汎用素材として使いやすい設計になっています。
Q6. 業界マップは何日で作れば正解ですか?
レシピによります。レシピAのバリューチェーン軸は1〜3日、レシピBの投資段階×競合軸は1〜2日、レシピCの地理×商流軸は2〜5日、レシピDの特許ネットワーク軸は3〜7日が目安です。ただし、これはあくまで「1枚を仕上げる時間」で、実務では「作り続ける時間」の設計のほうが重要になってきます。CB Insights、Bloomberg、S&P Globalも業界マップを「継続的にリフレッシュされるダッシュボード」として運用する方向に舵を切っています。3か月に1回の全面更新から、週1回の差分更新へ、というのが2026年のトレンドです。
Q7. 業界マップとエコシステムマップは違うものですか?
似ていますが軸の置き方が違います。業界マップは業界内のプレイヤーを工程・カテゴリ・投資段階などで整理するのに対し、エコシステムマップは「あるハブ企業とその周辺のプレイヤー」の関係性を描きます。たとえばNVIDIAを中心に、パートナー、顧客、競合、代替技術、規制当局を並べる図がエコシステムマップです。R&D戦略・投資判断の初手としては業界マップが向いていて、パートナリング戦略や共創領域の設計にはエコシステムマップが向いています。両方を並行して持っている会社も多い印象です。
Q8. 個人でも業界マップは作れますか?
作れます。Perplexity Pro Searchで初動のロングリストを引き、Google Patentsで特許を無償ダウンロード、VOSviewerで可視化、といった無償ツールの組み合わせで、レシピBやレシピDの試作までは1人で1週間もあれば十分です。自分の担当領域を鍛える目的なら、まずAwesome AI Market Mapsに集められた500点超のマップを眺めて、自分の切り口を鍛えるところから始めるのが近道です。他人のマップの上に自分の解釈を重ねていくうちに、自分の目的に合ったレシピが自然と見えてきます。
調査手法について
こちらの記事はグラフAIリサーチプラットフォームのSnorbeを使って作られています。Snorbeは研究開発・新規事業向けの調査テーマに応じた幅広い項目のオートリサーチや、ナレッジグラフの構築、構造化レポートの生成ができるAIリサーチツールです。

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調査したいテーマを入力するだけで、AIが深堀りすべき観点や広げるべき調査項目をレコメンドしながら、自動でリサーチを進めます。収集した情報はナレッジグラフとして蓄積され、未調査領域(ホワイトスペース)を可視化しながら調査の網羅性を高めていけます。
また、観点マトリクスを30秒・構造化レポートを10分で自動生成する機能があり、出典付きのレポートをMarkdown/PDF形式でエクスポートできます。調査の元データも保存されるため、ファクトチェックや社内共有も容易です。
ご利用をご希望の方は、こちらよりお申し込みください。
また、グラフAIを活用した社内ナレッジ管理や、研究開発・新規事業のリサーチ支援、セルフホスト導入のご相談も受け付けています。お困りの方はお気軽にご連絡ください。
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