Open AIに出資するMicrosoftによる生成AI・LLMのパートナーシップが幅広い産業で進んでいる中、スイス重電大手のABBも、マイクロソフトとの戦略的パートナーシップを拡大しながら、AIや生成AI活用を進めています。
ABBは以前からML/機械学習でAIを活用して、重工業における排出物監視方法を革新し、環境負荷軽減に貢献してきました。このAI活用に加えて、さらに生成AIを活用して、産業向けデジタルソリューションに生成AIを統合する取り組みを進めています。
なぜABBがMLや最新の生成AIをグローバルに展開できるのか、様々なスタートアップや企業とオープンイノベーションで連携する戦略を紐解きながら、持続可能性や安全をテーマにABBがどのように生成AIを活用しているのかを分析していきます。
✍️ 要点
- ABBはAI/MLを活用しながら、排出物を事前に予測し、違反が発生する前に調整することや、ロボティクスによる品質改善を可能としてきた実績があります。
- ABBはマイクロソフトの、Azure OpenAIと自社のソフトに統合し、生成AI機能を実装したり、スタートアップと連携して生成AIの活用を取り込んでいます。
- ABBがAI活用を進める地盤には、スタートアップへの投資やアクセラレーター、大企業とのオープンイノベーションがあります。
ABBによるMLの活用とデータ基盤の構築
生成AIの活用に入る前に、ABBが以前からAIの活用で取り組んでいる方向性に触れたいと思います。ABBは、生成AIを導入する前から、生産性向上や環境負荷軽減に焦点を当ててAIを活用した新製品・サービス開発を行っています。
例えば、シリコンバレーのAIスタートアップであるVerdigris Technologies と提携して、企業がピーク時のエネルギーコストを回避できるようにする機械学習アルゴリズムを開発しています。工業顧客はピーク時の電力に莫大な料金を支払うことがあり、多くの顧客はそのような費用を避けるためにバッテリー貯蔵に頼ってきました。ABBのエネルギー予測アプリは、天気予報、特定の建物や回路の24時間エネルギー消費予測を考慮して正確な電力消費予測を提供すると主張しています。
また、ABB の予測排出監視システム (PEMS) は、経験的モデルを使用してプロセスデータに基づいて排出濃度を予測しており、世界最大級のガス処理プラントの 1 つで包括的な環境管理システムの一部として導入され、成功しています。燃料流量、負荷、動作圧力、周囲温度などのプロセス データに基づいて排出濃度を予測することができます。
そして、ABBは、マイクロソフトとの協力のもと、ABB Skill™ Genix Industrial Analytics and AI Suiteという分析ソフトウェアを提供しています。
ABB Ability™ Genix Industrial Analytics and AI Suiteは、産業や工業における顧客のアセットパフォーマンス、プロセスの安全性、リスクプロファイル、デジタルツインを改善するアプリケーションをカスタマイズして使えるようにする分析プラットフォームです。
生成AIを活用する前から、ABBは多くの企業が自社のビジネスのAI活用にとどまる中、外部のパートナーと連携してサービスとして提供することで、自社の産業のAI活用を促進する戦略を取っているのです。また、これらのデータ基盤があることで、生成AIで独自のデータを活用する際の強力な武器を持つことができています。
ABBの産業特化の生成AI活用の戦略
そして、ABBとマイクロソフトは、産業向けデジタルソリューションに生成AI機能を統合し、Genix Copilotという新しいアプリケーションが開発しました。
Genix Copilotは、一般的なLLMサービスに付帯するコード、画像、テキストの生成などの機能を可能にするだけではなく、産業固有のドメイン知識を埋め込んでいます。
例えば、産業用温室効果ガス排出量とエネルギー使用に対する高度なモニタリングと最適化の洞察を提供する機能があるため、産業用アセットの寿命を最大20%延ばし、計画外の停止時間を最大60%削減するといわれています。
Genix Copilotを使うことで、従来のMLで予測するデータに加えて、生成AIでデータをさらに読みやすくしたり変換したりというインターフェイスがより柔軟になっている印象を受けます。
ABBは、6 つの業界価値の柱を戦略として据えており、従来のAI/MLアプローチから着実に顧客の持続可能性やオペレーション・Processなどの生産性向上を業界バーティカルに取り組んでいることがわかります。
ABBのAI活用を促進する100個のAIプラン
このように、ABBは、MLや生成AIを持続可能性、運用の卓越性、プロセスパフォーマンス管理、サイバーセキュリティ、拡張自動化の主要なビジネス領域での潜在的な活用を見据えています。
では、ABBはどのようにしてこれらのAI戦略を意思決定しているのでしょうか?
実はABBは、2014年から産業用AI研究に専念してきました。2020年にはGenixと3DQiをリリースし、2023年現在、AI研究と開発の進捗が加速しています。
- 2014年: ABBが産業用AI研究に専念
- 2020年: Genixと3DQiのリリース
- 2023年: AI研究と開発の進捗
そして、実は現在、ABBでは100以上のAIプロジェクトを計画して追跡しているのです。
計画は以下の分類に分けられ、AIネイティブな企業としての挑戦する本気度が伺えます。
- テクノロジータイプ
- Generative AI
- Analytical AI
- 利用
- 社内
- 外部
- ステータス
- 実装済み
- 計画中
- 開発中のプロジェクト
- ビジネスエリア
- EL = Electrification.
- MO = Motion.
- PA = Process Automation.
- RA = Robotics & Discrete Automation
実際の産業応用領域でいうと、自然言語指示、観察学習、AMRs、アイテムピッキング、顧客チャットボット、予防的保守、エネルギー管理における利用が計画されています。
社内用途でいうと、ナレッジマネジメント、AI教育、研究と実験、内部開発など一般的ではあるが何倍にも生産性を上げる可能性を秘めたものが多くなっています。
AI/MLや生成AIについての認識が通常の企業とは一段上で、経営戦略として捉えているからこそ、パイプラインを整備して、AI活用につなげることができています。
ABBのRobotics and Discrete Automation BusinessのSami Atiya社長は、AIの開発、展開、使用を加速し、AIとABBのドメインノウハウを組み合わせて顧客のための革新を推進していると述べています。
- 建物のエネルギー管理にデータを使用し、行動パターンと組み合わせて、排出削減、20%のコスト削減、機器寿命の延長をもたらす。
- 駆動装置の故障予測を支援するためにAIを使用し、操作データを分析することで、装置の可用性を大幅に向上させ、メンテナンスコストを削減する。
- 人間と機械の相互作用では、声コマンドを使用してロボットに指示を出し、顧客に使いやすさと迅速な設置をもたらす。
さらに、ロボティクスはABBの重点領域であり、次のユースケースでAIの活用を模索、実行しています。
- 品質検査: ABBは機械ビジョンを活用したロボットセルを提供し、22マイクロメートルの精度で欠陥をチェックし、人間の20倍の速さで特定する。
- 予防保守: AIベースの評価基準を学習したABBロボットは、99.9%の診断精度とゼロの生産中断を提供する。
- 自律ドリル: センサーとAIシステムを搭載したABBロボットは、精度と作業安全性を向上させるためにシンドラーのエレベーターシャフトでのドリルと設置を支援する。
- アイテムピッキング: 3DビジョンとAIディープニューラルネットワークによって1時間あたり1400回のピックを実行できるABBロボットを作る。
- 自律移動: AI搭載の3Dビジョンナビゲーション技術を備えたABBモバイルロボットは、急速に変化する環境で自律的に作業できる。
実際に、AI搭載のロボットソリューションへの需要の増加に対応するため、ABBは上海に世界クラスのロボティクスメガ工場を開設し、AI、デジタル化、ソフトウェアの革新に焦点を当てた新しいR&Dセンターを設立するなど、施設とAI革新能力に大規模な投資を行っているのです。
ABBは、AI と電子設計自動化の統合は、チップ設計の主流のトレンドになると期待しています。そして、LLM(大規模言語モデル)は産業用ロボットの自然言語コマンドの理解を強化し、情報処理能力と知覚実行能力を向上させると述べています。
また、Googleと提携してAI革新のためのハッカソンスタイルのイベントを開催し、中国でイノベーションコンテストを主催するなど、AI革新のための人材育成を支援しています。
さらに、ハッカソンのような外部連携だけではなく、ABBはスイスのスタートアップSevensenseを買収し、次世代のAI搭載の自律移動ロボット(AMR)のリーダーシップを拡大し、AIとソフトウェア駆動の自動化をさらに進化させています。そして、AIとソフトウェアによる自動化を進めるためにボスニアのソフトウェアサービスプロバイダーMeshmindの過半数の株式も取得しています。
つまり、ABBは、社内でのイノベーションに加えて、MicrosoftやGoogleなどのビッグテックから、スタートアップに至るまで、様々なAIの社外の専門家と組み、取り込むことで、パイプラインを充実させているのです。
有望なAIスタートアップに投資し、新しい技術にアクセスし、新しいセクターについての洞察を得て、新しいビジネスモデルについて学び、自社の壁の外で起こっている革新に対応することを確実にしているといえます。
ABBの生成AI活用の基盤となるオープンイノベーション戦略
このようにABBにとっては、社外のビッグテックやスタートアップと連携を可能にする基盤であるオープンイノベーション戦略としての共同イノベーションアプローチが重要になっています。このオープンイノベーションこそが、AIに投資して経営戦略として意思決定できているもう一つの背景なのです。
具体的には、AI Acceleratorや戦略的 VC 部門である ABB Technology Ventures (ATV)、そしてイノベーショングロースハブであるSynerLeapを活用しています。ABBはこれらのイノベーションツールを通じて、AIスタートアップとのオープンイノベーションを模索し、AIソリューションを開発に役立てています。
ABBは、電動化、ロボティクス、自動化、モーションポートフォリオに沿ったスタートアップのエコシステムを拡大するために、ATVを通じて約3億ドルを投資しています。最近では、この投資戦略の一環として、生成AIを活用したスタートアップにも注目が集まっています。
ちなみに、ATVの出資の記録はCrunchbaseからも見ることができます。
例えば、ABBはATVを通じて、モントリオールに拠点を置くスタートアップBrainBox AIに投資しました。BrainBox AIは、商業ビルの暖房、換気、空調(HVAC)システムからのエネルギーコストと炭素排出を削減するために人工知能を活用しています。
ABBのテクノロジーベンチャーがBrainBox AIのシリーズA投資ラウンドをリードし、国際展開と製品開発に資金を提供しています。この投資により、ABBのスマートビルディング部門は、BrainBox AIの予測、自己適応、スケーラブルなクラウドベースの人工知能を既存のデジタルソリューションに統合することができます。
また、ABBはSynerleapを通じて、スタートアップにABBのネットワーク、顧客、産業パートナー、テクノロジーへのメンターシップと独自のアクセスを提供して、イノベーションを促進しています。
世界中のスタートアップとの共同プロジェクトは200以上に登っています。
具体的な例として、ABBのパートナー企業であるInSkillが注目を集めています。InSkillは、産業労働者向けのAIパワードコパイロットを提供する革新的なプラットフォームを開発しています。
InSkillは、機器やデバイスのために産業用のコパイロットを作成し、配布するために特別に設計されています。
InSkillの主な特徴は以下の通りです:
- 労働者がデバイス固有の情報やデータにアクセスできるようにする。
- リアルタイムで質問に答えることができる。
- 労働者が機械や設備をより良く操作し、サービスを提供し、維持することを可能にする。
InSkill Copilotsは、会話形式のインターフェースを通じて、機器やデバイスに関する労働者の質問に詳細な回答や手順を提供する強力なモバイルアプリケーションです。労働者は、InSkillアプリを使用してアセット固有の詳細に迅速にアクセスし、コパイロットに質問することで、詳細な回答や参照情報、手順を得ることができます。
InSkillは面白いことにメーカーと工場の双方にこのCopilotを販売しており、製品や工場のプログラムにバーティカルなGPTを埋め込み、生成AI活用を製造業で推し進めています。オープンイノベーションに協力的なユニットがあればあるほど、機密や安全性の観点で協業しづらい製造業でも生成AI活用が世界に先駆けて進めることができるのです。
InSkillは、過去5年間に産業用機械メーカーと密接に連携し、広範囲なコパイロットの配布と労働力の能力向上に必要な多くの機能をコアプラットフォームに組み込んできた実績があり、ABBともその協業を進めているのです。
AIプロジェクトを推進するためのABBの共同イノベーションプロセス
またABBは、自社がどのようにAIのイノベーションを進めるかのプロセスを公開しています。これは4段階の共同イノベーションアプローチというものです。
このアプローチは、エンジニアリングのドメイン知識とデータサイエンスの専門知識を活用し、ABB、パートナー、および顧客が共に高度な分析と人工知能ソリューションを作成できるようにします。
- ステップ1: 顧客とABBのステークホルダーによるワークショップを通じて、産業用AIの問題が特定され、バリュープロポジションをつくります。
- ステップ2: 適切な品質のデータにアクセスするために、データの調査と収集が行います。
- ステップ3: AIモデリングのフェーズで、データの探索とモデリングの準備を行います。
- ステップ4: デプロイフェーズでは、AIモデルのデータパイプラインとワークフローを運用化します。
ABBはこれらの手法を使って、太陽光発電所のパフォーマンスモニタリングでは、太陽光発電所のパフォーマンスをモニタリングするための高度な分析ソリューションを開発するのに成功しています。また、標準回転機器の予測保守では、ABBは、回転機器の予測保守のためのソリューションを開発するために共同イノベーション手法を適用しています。
生成AIであったとしても、価値を定義して、データを集めて、運用を行うことはほぼほぼ変わりませんが、モデルを作る部分がOpen AIなどのファウンデーションモデルを使うか、ファインチューニングを行うか、独自モデルを作るかという形に変わってくるでしょう。
これはデザインシンキングやリーンスタートアップの手法に近いもので、AIプロジェクト推進の際の模範的なプロセスですが、特徴的なのはバリュープロポジションの段階で関係者を集めて実施することで、適切な課題設計を促しています。
まずAI/MLで構築してきた着実なデータ基盤を使って、自社の得意な産業特化型の生成AI活用を外部のパートナーと柔軟に連携して実装していくABBの姿勢は、他の企業の生成AI活用の模範となるでしょう。今後のパイプラインの進捗にも注目が離せません。
調査手法について
こちらの記事はデスクリサーチAIツール/エージェントのDeskrex.AIを使って作られています。DeskRexは市場調査のテーマに応じた幅広い項目のオートリサーチや、レポート生成ができるAIデスクリサーチツールです。
調査したいテーマの入力に応じて、AIが深堀りすべきキーワードや、広げるべき調査項目をレコメンドしながら、自動でリサーチを進めることができます。
また、ワンボタンで最新の100個以上のソースと20個以上の詳細な情報を調べもらい、レポートを生成してEmailに通知してくれる機能もあります。
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また、生成AI活用におけるLLMアプリ開発や新規事業のリサーチとコンサルティングも受け付けていますので、お困りの方はぜひお気軽にご相談ください。
Founder of AI Desk Research Tool/Agent @deskrex , https://www.deskrex.ai/
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