専門家が生成AIに事業案を尋ねたとき、返ってきた答えがすでに知っている一般論に見えることがあります。これはAIの知識が間違っているからとは限りません。
専門家が頭の中で当然としている評価の基準や、現場だけが知る条件が、AIへの質問に入っていない可能性があります。
回答が物足りないからといって、「もっと意外な案を出して」と頼むだけでは、実務に使える案が増えるとは限りません。
新しいアイデアは、珍しさだけで評価できません。目的に合い、問題解決に使えるかという適合性も分けて確認する必要があります。AIに奇抜なアイデアを求めても、それが自社で実行できる理由まで自動で付いてくるわけではありません。
この問題への対処として、AIに正解を一つ作らせるのではなく、候補の探索を任せる方法があります。専門家が先に考えるべき要素と制約を決め、AIには考えられる組み合わせを広く洗い出させます。
そのうえで、出てきた候補を現場の証拠と経験に照らし合わせ、人間が責任を持って絞り込みます。
では、専門家はAIに新しい一案を任せる代わりに、どうすれば組み合わせの探索範囲を広げ、最終的な判断を自分に戻せるのでしょうか。
AIの回答が浅く見えるのは、答えが悪いからだけではありません

専門家がAIの事業案を既知の一般論だと感じるとき、AIの知識が足りないとは限りません。問題に固有の評価軸が質問に入っていないと、AIが一般的なパターンを組み合わせた回答を返す可能性があります。
これは公開研究から直接証明された因果関係ではなく、実務上の仮説です。生成AIによる発想支援の研究では、生成AIが出力の意味的な幅を広げても、候補群全体の多様性を保証するわけではないと論じています。
生成AIは、入力された条件から文章や案を組み立てます。専門家が頭の中で当然だと考えている条件も、言葉にして入力しなければAIには伝わりません。
たとえば「自社の強みを使った新しい事業案を出して」とだけ頼んだ場合、AIは対象とする顧客や解決する課題、収益の形を自分で仮定します。その案が専門家の重視する条件とずれていれば、文章が整っていても浅い回答に見えることがあります。
AIの回答を変えるために人間が追加するのは、「もっと賢く答えて」という指示ではありません。専門家が、顧客にとって外せない条件や、すでに持っている資産、許容できないリスクなどを言葉にすることです。
ただし、条件を足して「何か意外な案を出して」とAIに求めても、適合性や実行条件は別に確かめる必要があります。確認しなければ、実務に使える案が増えるとは限りません。
「意外な案を1つ」では、納得できる理由まで増えません

AIに意外な案を求めても、顧客の課題に合う理由や実行に必要な条件まで自動で補われるわけではありません。AIに「もっと意外な案を出してください」と指示すると、珍しく見える回答が返る場合があります。
しかし、その指示は提案が現場で成立する根拠まで作ってくれるわけではありません。
創造的なアイデアを評価するとき、新しさだけで判断することはありません。アイデア生成の研究においても、新奇さと目的への有用性や適合性は別々に評価されます。
新しいけれど目的に合わない案と、目的に合っているけれどすでに知られている案は、それぞれまったく別の理由で候補から外れます。
たとえば、企画担当者が法人向けの新サービスを考えているとします。AIが「異分野の技術を組み合わせた新しいシステム」という珍しい案を出したとしても、それを誰に売るのか、今の営業網で届けられるのかが不明なままでは使い道がありません。専門家が確認するべきなのは、アイデアの珍しさそのものではなく、その提案が自社で成立するための具体的な条件です。
また、AIが提示する候補の集まり全体にも注意が必要です。AIを使った物語生成の実験では、個別のアイデアに対する新奇さや有用性の評価は高まりました。一方で、作られた物語同士が似てしまう現象も報告されています。
この結果は、一つの案に対する評価と、候補群全体の広がりを分けて見る必要性を示しています。事業案を考えるときも、最初の一案を磨く前に、顧客や提供価値の組み合わせを変えた別の候補が残っていないかを確認できます。
この問題を避けるには、AIへの依頼方法を変える必要があります。「もっとも意外な案を1つ出して」と頼むのではありません。顧客の課題や提供価値、販売経路などの要素を先に示し、それらを組み合わせた複数の候補を出させます。
AIに候補を出させ、専門家が理由や成立条件を確かめる順番にすると、奇抜さと適合性を分けて比較できます。
専門家が変数を決めると、AIは組み合わせ探索に変わります

AIに自由に発想させると、どの組み合わせを試し、どれをまだ試していないのかが分かりにくくなります。
専門家が先に考えるべき要素(変数)を決め、それぞれに選択肢を用意すると、AIの役割は変わります。自由作文ではなく、決められた範囲の組み合わせを探す仕事になります。
この考え方は、設計の分野で使われる形態学的分析という手法とつながっています。問題を構成する要素と選択肢を整理し、それらの組み合わせを調べる方法です。
この手法の目的は、単にアイデアの数を増やすことではありません。探索する範囲を管理し、意味のない組み合わせを早い段階で捨てます。そのうえで、残った候補を詳しく調べるために使われます。
事業の企画であれば、専門家は顧客や課題、提供価値、顧客との接点、使える資産といった変数を設定します。「顧客」なら既存の顧客や隣接する市場、「資産」ならデータや技術といった具体的な選択肢を用意します。
AIには新しい変数を追加せず、専門家が指定した選択肢を掛け合わせて候補を作るよう指示します。出力後は、指定外の要素が混じっていないかを専門家が確認します。
組み合わせが増えすぎた場合は、専門家が選択肢を絞ります。または、絶対に外せない条件を付け足して数を調整します。
AIへの依頼文も、単発のアイデア募集から候補を洗い出す指示へと変わります。たとえば、次のように依頼します。
「次の変数と選択肢だけを使い、組み合わせ候補を10件列挙してください。最良案は選ばず、候補ごとの差が分かる表にしてください」
もっとも良い案を一つに決めさせず、組み合わせの違いが分かるように並べさせることが大切です。
さらに、それぞれの候補について、顧客にとっての価値と成立条件を分けて書くように求めます。既存資産との接続や、検証すべき前提も別の項目にします。
法規制に抵触する可能性がある案や、確認できない前提に頼る案には目印をつけるよう指示します。既存の営業経路では届けられない案も同じです。
この出力を材料に、専門家は各案の実行条件と未確認点を同じ項目で比べられます。実行可能かどうかは、元資料と現場の条件を確認して判断します。
外部に蓄積した研究アイデアから関連概念を検索し、要素を組み合わせる仕組みは、科学研究アイデアを対象にしたプレプリントでも扱われています。
この研究をそのまま事業の企画にあてはめることはできません。ただし、何をどこから持ってきてどう組み合わせるかを指定する考え方は、検討の範囲を分かりやすくします。
では、実際の仕事において、専門家はどのような変数を設定すればよいのでしょうか。
企画・研究・営業では、探索する変数が変わります

組み合わせ探索で使う変数は、仕事によって異なります。自分の仕事に合わせて、考えるべき変数を定義する必要があります。
ここでは、企画、研究、営業の三つの職種を取り上げます。それぞれ何を組み合わせの軸にして、AIに候補を出させるかを見ていきます。
企画担当者は、顧客課題と自社資産を組み合わせる
企画担当者が最初に決める変数は、顧客と課題、提供する価値、顧客との接点です。自社が使える資産も変数に含めます。AIにはこれらの選択肢を掛け合わせ、同じ顧客に別の価値を届ける案や、自社の技術を別の課題に使う案を並べさせます。
専門家である企画担当者は、出てきた候補を見て、その困りごとが実際に観察できるか、社内に実行責任を持てる人がいるかを確認します。
「新しい市場を探して」という依頼だけでは、どの顧客課題と自社資産を組み合わせたのかが出力から分からない場合があります。「顧客の困りごと」と「使える資産」という変数を先に決めることで、どの組み合わせをまだ試していないかが比べやすくなります。
研究担当者は、問いと検証方法を組み合わせる
研究担当者がAIに任せるのは、研究として正しいかどうかを判断することではありません。研究対象と観察したい現象、使えるデータを変数として設定します。検証方法と応用先も加え、問いの組み合わせを列挙させます。
そして、先行研究と矛盾していないか、必要なデータを用意できるか、結果を確かめられるかを専門家が確認します。
設計課題を対象とした研究でも、自由に入力させるのではなく、機能や下位機能を定義して構造化された会話をする手順が置かれていました。
何を組み合わせの対象にするかを先に決めることは、意味のない組み合わせを早く捨てるために重要です。これはAIが研究の価値を決めるという意味ではなく、探索の範囲を整理する考え方として実務の参考になります。
営業担当者は、顧客状況と証拠を組み合わせる
営業担当者が定義する変数は、顧客の状況と困っている業務です。提案できる自社の強みや提示できる証拠、接触する経路も加えます。AIには顧客の状況と自社の強み、提示できる証拠、接触経路を組み合わせて複数の提案候補を作らせます。確認するべき事項も添えさせます。
製品イノベーションの課題を使った実験では、AIを利用した人が専門部門の境界を越えてバランスのよい提案を作ったと報告されています。しかし、これは明確な課題と評価できる環境があった場合の話です。
営業担当者が顧客の具体的な情報を変数として入れなければ、提案候補が顧客の状況に合うかを出力だけでは判断できません。AIが出した候補と、顧客の発言や契約条件といった一次情報を照らし合わせ、実際に約束できる提案だけを残すのは営業担当者の仕事です。
三つの例に共通しているのは、AIが仕事の目的を決めているわけではないという点です。専門家が先に何を変数として扱うかを決め、AIにはその範囲で複数の候補を列挙させています。
変数をむやみに増やせばよいわけではありません。選択肢が増えすぎると、候補を評価する負担も大きくなります。そのため、候補を出したままにせず、大量の組み合わせから自社で実行できるものを選ぶための準備が必要です。
最後に人間が絞るための評価基準を先に決めます

AIに複数の組み合わせを出させた後、専門家がやるべきことは「どれが一番良いですか」とAIに決めてもらうことではありません。候補を作る段階と評価して選ぶ段階は、別の作業として分けられます。
AIの文章がどれほどもっともらしく見えても、それに流されず、専門家が設定した基準で比べる必要があります。
先に外せない条件を確認する
専門家は、候補に点数をつける前に、絶対に満たさなければならない条件を確認します。新しい事業であれば、法律に触れないか、必要なデータを集められるか、既存の契約とぶつからないかといった条件です。AIに条件に合うものを分類させることはできても、事実の確認と最終的な判定は現場の専門家が行います。
点数より、判断の理由を残す
絶対条件をクリアした候補は、複数の視点で比べます。誰のどんな困りごとを解決するのか、今ある資金や人員で試せるのか、顧客の声やデータといった証拠があるのかなどを確認します。AIにこれらの基準に沿って候補を比較させ、足りない情報を指摘してもらうことはできますが、最終的な価値を決めるのは人間です。
AIとの関わり方によって、人間が自分で考えたという感覚は変わります。生成AIとの協働方法を比較したプレプリントでは、「質問型」をAIが人に質問を返す方法、「モデル主導型」をAIが人の案を書き換える方法として比較しました。
質問型とモデル主導型の双方で、AIを使わない条件よりアイデアの品質が高まりました。
一方、同じ創造課題を用いた実験内で質問型とモデル主導型を比べると、質問型ではアイデアの多様性と所有感が高く評価されました。「提案型」はAIが提案を返す方法で、実験で用いた創造課題によって結果が異なりました。研究対象と事業企画は異なるため、ここでは対話方法を設計する際の示唆として扱います。
最後に、残った候補を一つに決める前には、採用する理由と不採用にする理由を人間の言葉で記録します。選んだ案には最初に確かめる事実や小さく試す方法を添え、選ばなかった案にはどの条件に引っかかったのかを残します。専門家が自分の問いと基準を持ち、AIには候補の整理を任せることで、人間が責任を持って判断を下すことができます。
よくある質問
Q1. 生成AIの回答が一般論に見えるのはなぜですか?
専門家が使う評価軸や現場の制約が質問に入っておらず、AIが一般的なパターンをもとに回答している可能性があります。AIの知識不足だけが原因とは限らず、質問の中に顧客の事情や現場の制約が十分に入っていない可能性があります。
AIが使えないと判断する前に、入力内容を確認してください。顧客と課題、資産と販売経路に加え、許容できない条件まで言葉になっているかを見ます。
Q2. 「意外なアイデアを出して」と頼むだけでは不十分ですか?
新しさを求める指示だけでは、顧客への適合性や実行条件まで一緒に示されるとは限りません。アイデアを評価するときは、珍しさだけでなく目的に合っているかを分けて確認する必要があります。
AIには単に意外な案を求めるのではなく、候補が成立する条件や既存資産との接続、確かめるべき前提を一緒に出させると比較しやすくなります。
Q3. 組み合わせ探索で最初に決める変数は何ですか?
仕事の目的によって変わります。事業企画では、顧客と抱えている課題、提供価値から始めます。顧客との接点や使える資産も変数にします。
研究開発なら問いと対象、データを設定します。検証方法と応用先も変数にします。営業では、顧客の状況と業務上の課題を選びます。提案できる資産や証拠、接触経路も加えます。
Q4. 研究テーマの発想にも組み合わせ探索を使えますか?
研究担当者が探索する変数と範囲を決めるなら、問いの候補を広げる用途に使えます。ただし、AIが研究として正しいかどうかを判定するわけではありません。研究でAIを使う場合、専門家はAIに問いと検証方法の組み合わせを広く列挙させます。
そのうえで、先行研究と矛盾していないか、必要なデータを集められるか、結果を検証できるかといった専門的な判断は、研究担当者自身が行います。
Q5. 営業企画では人間が何を判断しますか?
営業担当者は、AIが出した複数の提案候補と、顧客の実際の発言や契約条件といった情報を照らし合わせます。
AIには同じ顧客の状況に対して複数の提案パターンや確認事項を作らせることができますが、自社が実際に約束できる提案だけを残すのは人間の仕事です。顧客に伝える内容と提案の責任は、営業担当者を含む人間側が持ちます。
Q6. AIが出した候補を全部評価する必要がありますか?
すべての候補に点数をつける必要はありません。構成要素の組み合わせを増やすと、実務では意味のない候補も大量に生まれます。
専門家は絶対に外せない条件を先に決めておき、明らかに条件外の候補を早い段階で落とします。その後、残った現実的な候補だけを、先に決めた評価基準で比べます。評価の負担を上げすぎないように、どこで候補出しを打ち切るかも人間が判断します。
調査手法について
こちらの記事はグラフAIリサーチプラットフォームのSnorbeを使って作られています。Snorbeは研究開発・新規事業向けの調査テーマに応じた幅広い項目のオートリサーチや、ナレッジグラフの構築、構造化レポートの生成ができるAIリサーチツールです。

Screenshot
調査したいテーマを入力するだけで、AIが深堀りすべき観点や広げるべき調査項目をレコメンドしながら、自動でリサーチを進めます。収集した情報はナレッジグラフとして蓄積され、未調査領域(ホワイトスペース)を可視化しながら調査の網羅性を高めていけます。
また、観点マトリクスを30秒・構造化レポートを10分で自動生成する機能があり、出典付きのレポートをMarkdown/PDF形式でエクスポートできます。調査の元データも保存されるため、ファクトチェックや社内共有も容易です。
ご利用をご希望の方は、こちらよりお申し込みください。
また、グラフAIを活用した社内ナレッジ管理や、研究開発・新規事業のリサーチ支援、セルフホスト導入のご相談も受け付けています。お困りの方はお気軽にご連絡ください。
市場調査やデスクリサーチの生成AIエージェントを作っています 仲間探し中 / Founder of AI Desk Research Agent @deskrex , https://deskrex.ai


コメント